89 宇留摩城、猿ばみ城、金山城の三城同時攻撃(3)
三月の初め、丹羽長秀が一人の武将姿の人物を伴って現れた。
帰蝶と共に大広間に入ると、二人は頭を垂れた。
「殿、加治田城主佐藤忠能さま家臣、梅村良澤殿にございます」
長秀がその人物を紹介した。
「梅村殿、よく参られた」
「はっ。お目通り叶い、光栄至極にござりまする」
彼は頭を垂れたまま言った。
「気楽になされい、梅村殿」
ぼくは笑みを浮かべる。
梅村は顔を上げぼくを見詰めた。顔が引き攣っている。
「わが殿、佐藤忠能は、ぜひ織田家傘下の一員に加わり、信長公を一筋に頼りにいたしたい、と申しております」
「そうか、それは心強いかぎりだ。嬉しく思うぞ」
「すでにご承知のことと存じますが、わが殿は関城長井道利(別名、隼人)、堂洞の岸信周と盟約を結んでおります。わが殿は忠節の証として、姫君八重緑さまを岸信周様の養女として縁組されておるのでございます」
人質か……。
ぼくは呟いた。
「わが殿の心中を思えば、心苦しい限りにございます。長井道利さまの進言とあらば、従う道しかなかったのでございます」
「ウム……」
ぼくは顎に手をやって梅村を見詰めた。
「稲葉山城の斎藤龍興さまは、北中濃に軍を進め、尾張に侵攻する企てを抱いております。この時、ことを急いで、われらが斎藤家に反旗を翻せば、わが加治田城は長井側から攻め立てられ、孤立してしまいます。したがって、今は織田家とのことは密約ということで、お願いしたいのでございます」
「承知した」
ぼくは立ちあがった。
「佐藤忠能殿に伝えよ、われが合図するまで、息をころして待っていよ、と。黄金五十枚をお渡しいたす。兵糧を確保し、蔵に蓄えておかれるのがよかろう。チョウよ、梅村に渡してやれ」
「畏まりました」
「有難き幸せ」
振り向くと、梅村は床に頭をつけていた。
その日、ぼくは五人の仲間に召集をかけた。
太田信定が甲斐に出向いているため、五人全員が小牧山城書院に集まったのは、七日後のことであった。
いつものように、ぼくたちは車座になる。
まず、ぼくが加治田城がこちらの傘下に入ったことを、周辺の状況も踏まえて伝えた。
次に口を開いたのは、信定であった。
「信玄公が美濃と同盟を結んだということですが、とくに目立った動きがございません。信玄公は、昨年川中島の戦いを終え、今は東の上野(こうずけ、群馬県)に触手を伸ばしております。西上野に点在する諸豪族に対し、調略を行っている最中にございます。美濃との同盟は、かたちばかりのものと思われます」
「そうしますと、われらの中美濃への侵攻は、急ぐ必要がない、ということですね」
帰蝶が訊いた。
「急いて、ことを仕損じることは、避けたほうがよいと思います」
「それは、助かる」
ぼくはほっとして呟いた。
「殿、この機に、武田家との縁組を進めたらいかがかと」
信定が声を潜めて、話を続けた。
「具体的に申せ」
「信玄公の四男、勝頼どのとの縁組にございます」
「勝頼……、か」
武田勝頼、信玄亡きあと、武田軍団を引き継いだ男である。ずっと先のことになるが、彼とは長篠で戦うことになるのだ。
「勝頼殿は、諏訪の出、武田家本流ではありませぬゆえ、信玄公も反対することはないと思われます」
「よきおなごがいるのか? 言っておくが、妹の市は駄目だぞ」
「心得ております。家中の者の中から、おなごを選び、殿の養女にするのがよかろうと存じます」
「わかった。そのように進めよ」
「はっ」
「殿、猿ばみ城攻撃は、いかがいたしますか」
次に蜂須賀小六が口を開いた。
「ウム……、そのことをずっと思案していた。木曽川を越えるには、いつがいいのだ」
「水が温み、雨が降る前がよかろうと、存じます」
「すると、五月か……」
「戦略的には、早ければ早いほど、いいのですが」
藤吉郎がぽつんと言った。
「サルどの、築城の部材は、完全に用意されておるのですね」
帰蝶が訊く。
「はい。伊木山の宇留摩城の兵からは見えぬ場所に、保管しております。われらの兵は、五百ほど対岸に布陣させて見張っております」
「問題は龍興本隊と、長井道利の関城隊が、いつ出張ってくるかだ。宇留摩、猿ばみ両城に合流すると、厄介なことになる。それに、加治田城が危なくなってくる」
ぼくは呟いた。
「その前に、宇留摩城と猿ばみ城を包囲しておく必要がございますな」
小六がぼくの顔を見詰めて言った。
「ハチよ、そなたは、美濃に出向き、稲葉山城、関城の情勢を探り、異変あらば、ただちに知らせるのだ」
「畏まりました」
「猿ばみ城は丹羽長秀に、金山城は森可成に攻めさせる。イヌよ、両名に繋ぎをいれ、われの許に参るように伝えよ」
「はっ」
ぼくの心は暗かった。
宇留摩城、猿ばみ城、金山城を攻略した先には、斎藤家との事実上の決戦、血を血で洗う堂洞合戦が待っているのだ。
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