第六章 美濃攻略持久戦
74 永禄四年 1561年の四つの課題
ぼくが美濃攻撃に手をやいていた時に、三河の松平元康は三河守護の吉良義昭と死闘を繰りひろげていた。反今川を鮮明に打ち出していた元康は。三河統一に全力を注いでいたが、その道は険しく見えた。
犬山城の織田信清の行動に睨みをきかせている限り、尾張は安泰の日々が続きそうであった。
この貴重な日々を使ってやっておかなければならないことを、ぼくは思い浮かべた。
一つは三河との事実上の同盟関係をより強固なものにし、東の守りに万全を期すこと。
二つは武田信玄に対する防御策を構築すること。
三つは西、京への道の確保である。ぼくの頭の中にあるのは、近江の浅井長政との同盟工作である。浅井家は東の斎藤家、南近江の六角と抗争を繰り広げている。織田との同盟は、浅井にとっても渡りに船のはずだ。
四つは、尾張から信清の勢力を排除することである。
七月一日、ぼくは五人の仲間と甲賀の素っ破、権蔵とカナデを広間に集めた。
七人に当面の四つの課題を説明する。
「殿」太田信定が最初に口を開いた。
「元康さまとの同盟、急がれたほうがよろしかろうと思います。殿が申された通り、東を固めるには、三河松平との絆を、深めておかなければなりませぬ。兵を繰り出し、吉良を牽制されたら如何かと。同時に元康さまとの同盟工作を進めては如何かと」
ぼくに異存はなかった。問題は誰にその任務を委ねるかだ。
「その任務、誰が適任か」
「水野信元殿が適任か、と」
「信元か……。それならば、滝川一益を、信元への使者にたてよう。やつには、松平元康に会わせてやると、約束したことがある」
「他に、何か、あるか」
「殿、よろしいでしょうか」
権蔵がぼくの顔を窺いながら小さく手を上げた。
ぼくは頷く。
「武田との関係でございますが、今は気を遣う必要がないかと思われます。桶狭間の合戦以来、三国同盟は崩壊、三国は敵対関係にございます。とくに、越後の上杉とは、再びきな臭くなっております。いつ戦になっても、おかしくありません」
「われが、西美濃に侵攻したときに、美濃と同盟し東美濃に侵攻するという情報は、まことではなかったのか」
「まことでございます。斎藤家とは、深い因縁がございますし、むげに断れなかったと思われます。あわよくば、漁夫の利を得ようと考えたのかもしれません」
「サル、近江の浅井のほうは、どうだ」
「浅井長政さまは、織田家との同盟に乗り気ではありませぬ。六角との戦は、ほぼ決着がついており、織田との同盟を急ぐ必要がありませぬ。それに、宿老たちが、朝倉との同盟関係を重視しており、同盟にひびが入るのを恐れているようでございます」
「朝倉か……」
「われの見る限り、浅井長政、若輩なれど、昨年の野良田での戦ぶりを見る限り、侮れず、敵にすれば面倒な人物でございます」
木下藤吉郎がそう言って上目遣いにぼくを見る。
「ただ、別れ際に言った言葉がございます。美濃には魅力を感じる、と。それから、大垣城の氏家直元どのに、接触されたら如何かと」
氏家直元は西美濃三人衆の一人である。
「氏家直元が、われに寝返るというのか」
藤吉郎はぼくの目を見詰めたままて頷いた。
「ハチよ、どう思う」
「長政さまは、われらと同様、美濃に関心があるようですね。これは、得難い情報であります」蜂須賀小六が笑顔を浮かべ、藤吉郎の肩を叩いて言った。そして、話を続ける。
「大垣城を崩せば、美濃三人衆をわれらに付ける、糸口になるやもしれませぬ」
「チョウよ、どう思う」
「当たってみる価値はあるかと存じます」
「そうか……、価値があるか」
「殿」
珍しく、藤吉郎が声を張り上げた。
「その役目、われにご命じくだされ。必ずや、氏家直元さまの真意を窺ってまいります」
ぼくは信定の目を見、そして帰蝶の顔を窺った。
二人とも、ぼくを見詰めて頷いた。
「よかろう。サルよ、われの親書を持っていくがよい」
「有難きしあわせ」
「殿、犬山城は、いかがいたします」
沈黙を続けてきた前田利家が初めて口を開いた。
「イヌよ、妙案があるか」
「ウシ殿が提案されていた、小牧山に城を築くことが、肝要かと」
「うん……」
ぼくは笑みを零した。前田利家、武骨でまれにみる武闘派なれど、実直すぎて、藤吉郎のような小細工がきかない。正直に言うと、ぼくは利家のようなタイプが好きである。
「イヌよ、小牧山で、仕事をしてみるか?」
「……私より、丹羽長秀が適任かと」
「そうか、丹羽長秀か……、頭の隅に入れておこう」
丹羽長秀と言えば、利家と同じ武闘派ではないか。ライバルである。いかにも利家らしい。
その時、ぼくはある悪知恵が浮かんだ。配下の者を競わせる。成果を上げた者を重用するという、人事管理である。
「カナデ、そなたに、何か考えがあるか」
「殿、お願いがございます」
「何だ、申してみよ」
「腹に子ができました。しばし、お暇をいただきたく存じます」
誰の子か、と訊きそうになって、その言葉を呑み込んだ。
「分かった。里に帰るがよい。子が生まれたら、真っ先にわれに知らせるのだ。よいな」
「有難きしあわせ」
「チョウよ、カナデに、今までの労に報いて、銭を渡すがよい」
「心得ております」
広間に拍手が響いた。
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