71 昼も夜も戦うでござる 十四条・軽海の戦い(2)

 

 突然戦闘が始まった。

 美濃軍の動きが早く、あっという間に、歩兵同士の肉弾戦が始まったのだ。数に優れる美濃軍と戦闘能力の高さで応戦する尾張軍。


 ぼくは馬上から。三百メートルほど先の戦場を見詰めていた。

 鉄砲隊を動員する間のない、戦法としては拙い開戦であった。わが軍がじりじりと押されてくる。


「殿、十九条の砦が陥落しました。織田広良殿が討ち死にされました」

 東から疾走してきた馬上の伝令が、ぼくに向かって叫んだ。


「殿、このままですと、総崩れになります」

 太田信定が声を掛けてくる。

 十九条の砦を占拠した美濃軍が北上してくると、わが軍は北に陣を張る稲葉山城軍との挟み打ちになってしまう。

 ここは、一度退いて、軍を再編成しなければならない。


「一益、おるか」

 ぼくは大声を上げる。

 前方にいた滝川一益が、おー、と馬上から叫ぶ。


「いったん兵を引く。一益、そなたが鉄砲隊の指揮をとれ。ここに鉄砲隊三段構えの陣を張るのだ。引いてくる兵を援護せよ」

「はっ」


 鉄砲隊三百人ずつの三段構えの総勢九百人の布陣が、ぼくの目の前に出来上がる。

「備え太鼓を鳴らせ。備え太鼓を鳴らせ」

 ぼくは叫び続ける。

 陣太鼓を背中に背負った足軽が一列に並ぶ。打ち手がばちを振るう。陣形の再編成を知らせる備え太鼓の音が、戦場に響き渡る。


 我軍の歩兵が一斉に戻って来る。

「伏せろっ」

 一益が大声を上げる。引いてくる我が軍の兵が一斉に伏せる。

「撃て」

 三百の銃口が火を噴いた。追い討ちをかけてくる美濃軍の歩兵が、ばたばたと倒れる。

「撃て}

 二段目の銃口が火を噴いた。

 立て続けに三段目の銃口も火を噴く。


 目の前から、美濃の歩兵が後退していく。

 日頃から繰り返してきた、備え太鼓と鉄砲隊による引き訓練が見事役に立った。


 美濃軍が三百メートルほど離れた位置で、陣形を整えている。

 我軍は水を飲み。呼吸を整える。


 ぼくは前田利家を呼んだ。

「イヌよ、おまえは鉄砲隊百を率いて、十九条から進んでくる美濃の家臣団の軍を牽制せよ」

「はっ」


「長槍歩兵は、槍を構えて鉄砲隊の前に並ぶのだ。鉄砲隊は三段構えを維持して、歩兵の進軍に続くのだ。騎馬隊はその両翼を固めよ。一益、鉄砲隊を指揮し、敵を叩き潰せ」

「おー」

 一益は陣太鼓兵を引き連れて、整列した兵たちの前に出る。


「よいか、心して聞け」

 一益はそう大声を上げると、兵たちを見回した。

「備え太鼓が鳴ったら、歩兵は身を屈める。鉄砲隊一段目はわれの掛け声と共に撃つのだ。二段目、三段目と、立て続けに撃ち続ける。攻め太鼓が鳴ったら、全員立ち上がり、前進する」


「一度やってみるぞ。よいか」

「おおー」


 一益と陣太鼓兵は、横に回る。

「備え太鼓を鳴らせ」

 一益が叫ぶ。備え太鼓が鳴り響く。前列の長槍部隊と鉄砲隊二段目、三段目が身を屈める。一段目の銃口が火を噴く。

「攻め太鼓を鳴らせ」

 攻め太鼓が鳴り響く。全員立ち上がり、数歩前進する。


「殿、準備が整いました」

 一益が大声を上げる。ぼくは大きく頷く。

 ぼくは采配を高く掲げ、はぐまの毛を大きく振る。

「かかれっ」

 攻め太鼓が鳴り響く。兵は整然と進んでいく。

 美濃軍は一斉に後退していった。


 我軍はさらに北上する。


 美濃軍は稲葉山軍と家臣団軍が合流し、一キロほど北西の北軽海村に陣を張った。物見の報告によると、西向きに陣を構えているという。その西は軽海西域があり、赤瀬川が流れている。


 ぼくはその西軽海に回り込み、東向きに布陣する

 赤瀬川を挟んで、白兵戦、乱戦状態となった。その中で、

 一益の鉄砲隊の射撃が我が軍の戦いを有利に進めていく。

 池田恒興と佐々成政の二人が、この激戦の最中、美濃の重臣真木村牛介を追い落とし、稲葉一鉄の叔父稲葉又右衛門を討ち取った。

 

 勝敗の決着がつかず、夜になった。

 ぼくは兵を引き、朝が来るのを待った。

 鉄砲隊を赤瀬川に向かって並べ、敵軍の襲来に供える。


 朝になり、視界が明るくなると、前方にあるのは静寂のみであった。

 美濃軍は、全軍撤退していたのである。


 ぼくは床几に腰を落とし朝飯を食った。

 体は疲れていたが、心は充実していた。この地に砦を築き、これより西の曽根城、西俣城を攻撃する心積もりはできていた。


 素っ破の権蔵が駆け込んできた。

「殿、一大事にございます。犬山城の織田信清さまが、叛乱をおこしました」

「ウム……」

 ぼくは思わず立ち上がった。

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