70 昼も夜も戦うでござる 十四条・軽海の戦い(1)


 暫し休息ののち、軍の態勢を整え四キロ北に位置する墨俣の砦に進軍する。大将二名を失った砦は、一兵も残っていなかった。目指す稲葉山城は北北東へおよそ六キロほどの地点にある。


 直ちに、砦の片づけを命じる。

 当面この砦を拠点として、美濃侵攻を目指すことになるのだ。夕方には、三河から帰還した鉄砲隊千も到着し、総勢二千を超える大所帯になった。

 

 ぼくは四人の仲間のほか、武将たちを集め、夕飯を食った。

「森部での戦い、見事であった」

 ぼくは武将たちを褒めたたえた。


「これからの戦について、意見があらば、申してみよ」

 食後に、ぼくは全員に声をかける。

「殿」

 真っ先に手を上げたのが木下藤吉郎であった。

「サルか、申してみよ」

「この墨俣は、ひどく傷んでおります。それに二千の兵の寝食には適しておりませぬ。早急に修復するが大事と思います」

 木下藤吉郎の墨俣一夜城か、そのことなら知っている。だが見てのとおり、墨俣の砦は美濃の手によって、すでに出来上がっているのだ。それに、信長公記には、そのような記載が一切ないのだ。


「ほかに、何かあるか」

「ここ墨俣から北に六キロの十九条の地に、美濃攻略の拠点となる砦を築かれたらいかがか、と」

 見覚えのない武将が声を上げた。

 ぼくは傍に控えている太田信定の耳元に囁いた。

「あやつは、何者だ」

「織田広良にございます。信清さまの弟君の。殿とは従兄弟どうしの間柄」


「広良、話を続けよ」

「十九条の地は、稲葉山から西に十キロの地にあり、安藤守就の北方城を東に、不破光治の西保城、稲葉良通の曽根城を西に睨む、犀川淵の天然要害の地にございます」

「皆のもの、如何?」

「たしかに要害の地にございますが、安藤と稲葉は、斎藤家の家老、美濃三人衆の二人にございます。十九条は、この二人の喉元に当たります。敵は大挙して押し寄せて来るは必定」

 佐々成政が独り言のように言った。

「成政、そなたは、広良の意見に反対であるのか」

「いえ、全面戦争の覚悟が必要か、と」


「木下藤吉郎、おまえに墨俣砦の改修築を命じる。時間を惜しんで務めよ」

「ははっ」

「織田広良、そなたには、十九条に砦を築くことを命じる。心してかかれ」

「はっ」


 その夜、ぼくは隙間だらけの、仮の寝間に四人の仲間を集めた。

「広良の意見、どう考える」

「殿が気になされているのは、兄の信清さまとのことですね」

 信定の問に、ぼくは頷く。


「兄弟で、何か画策しているやもしれませぬな。殿が、砦を築くことを命じたのは、いかなる理由からですか」

「かりに、犬山城の兄弟が結託して、われに逆らおうとするならば、十九条の砦に、美濃の軍を引き入れるであろう。どうなるのか、見てみたいのだ」

「殿らしい、お考えで」

 小六が笑った。

「もし、そうでなければ、われは考えを改めなければならぬかもしれぬ」

「それでは、どちらに転んでもいいように、作戦を練らねばなりませぬ」

 信定が顔を引き締めて言った。


 森部の戦いから九日後の五月二十三日早朝、物見の兵から、美濃勢が小牧山城から出立したとの連絡が入った。急ごしらえであったが、十九条の砦はほぼ出来上がっていた。

 

 ぼくは二千の兵を引き連れて、北上する。

 十九条の砦の北、十四条の地に布陣し、美濃勢と広良の動きを探る。「十九条」とか「十四条」という地名は、面積を里(り)で表す土地区画のことである。

 この一帯は田園地帯である。


 すでに、安藤、不破、稲葉の美濃三軍七千が、十九条砦に迫っていた。その背後から、稲葉山城の本体一万が津波のごとく押し寄せてきている。


 法螺貝が鳴り響き、陣太鼓が打ち鳴らされる。

 いつの戦も、美濃軍は法螺貝と陣太鼓で士気を高めてくる。美濃の家老軍が十九条砦を攻撃し始めた。

 信清の弟、広良は美濃に寝返っていなかった。


 我軍と美濃軍は、十四条の地で全面衝突した。

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