67 美濃からの急使
五月十一日から十二日にかけて、一晩中降伏を呼び掛けた。
拳母城からはなんの反応もない。
総攻撃やむなし、とぼくは決断した。
午前八時、懸太鼓が鳴り響く。
鉄砲の銃口が一斉に火を噴く。仕寄りに守られた、破城槌部隊が大手門に殺到する。
城壁に向かって、歩兵が堀を攀じ登る。
見る間に城門が崩れていく。仕寄り部隊に守られて、二十名の鉄砲隊が城門に走る。
城門が崩れ落ちると、城内に向かって鉄砲隊が弾丸を打ち込む。長槍隊が城内に流れ込んでいく。
一時間ほどして、搦め手門からの攻撃も始まった。
ぼくは大手門の正面に立って、腕を組み、その光景を眺めていた。
ぼくは気分が落ち込んでいた。拳母城の玉砕は目に見えている。何故これほど抵抗するのであろうか。永年にわたる尾張との戦において積み重なってきた三河武士の怨念を見る思いである。
松平元康は、ここ拳母城からほぼ真南に十五キロの地点にある岡崎城で静観していた。
このことは、今川方との対立を深めることになるであろう。事実上、今川に反旗を翻したも同然であるからだ。
午前十一時近くになって、攻撃指揮官の沓掛城主、簗田政綱が大手門から出て来た。ぼくの前で、片膝をつく。
「殿、拳母城を制圧いたしました」
「ウム」
ぼくはまっすぐ大手門に向かって行く。近衛兵たちが、ぼくの周りを取り囲みながらついてくる。
城内は火薬の臭いと煙が漂っていた。
我軍の兵士が死体を集めて並べている。負傷者は地べたに転がって、治療を受けている。
「殿、敵将中條を討ち取ってございます。首実検なさいますか」
「城の強者どもは、玉砕したのか」
「ほぼ」
「何名おった?」
「九百十数名にございます」
「ウム……。手厚く葬ってやるのだ」
「はっ」
ぼくは陣屋に戻り、「飯の用意をいたせ」と近習に命じる。
床几に腰を落とした。
「素っ破の、権蔵を呼べ」
握り飯に干し魚、味噌汁を平らげる。
干し柿を食べていると、権蔵が現れた。ぼくは彼を膝元に呼び寄せる。そして耳元に囁きかける。
「滝川一益に、美濃の義龍暗殺を命じておる。直ちに、美濃におるカナデと繋ぎを取り、指令を実行せよ、と。われの言葉を伝えるのだ」
権蔵はぼくの目を見詰めて、無言で頷いた。
陣屋に黒母衣武者が駆け込んできた。
「殿、滝川さまからの文にございます」
「ご苦労であった」
ぼくは文を広げる。その文には、ただこう書かれてあった。
斎藤義龍様 十二日未明死去。
「権蔵、今の話は、無しだ。今から手紙を書くゆえ、一刻も早く清州の帰蝶に渡すのだ」
ぼくは文をしたためた。
義龍が死んだ。明日には清州に戻る。仲間と相談し、戦の準備を整え、われを待て。
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