57 桶狭間 勝利への道

 


「鳴海城には、守備兵は何人おるのだ」

 ぼくは中嶋砦の将佐久間政次に問い質す。

「鳴海城には、千の兵がおりましたが、その大半が葛山信貞の軍と合流しましたので、城内に立て籠もっておるのは、おそらく城主岡部元信以下数百ほどでは、ないかと」

「相違ないか、信盛?」

「はっ、多くて三百程度か、と」


「今、この砦に、何人の兵がおるか」

「騎馬三百、鉄砲隊五百を加え、総勢二千九百でござる」

 信盛が即座に答える。


「しからば、この砦に三百を残し、残りの兵を三軍に分けよ。一軍は桶狭間の北路迂回路方面、二軍は桶狭間方面、三軍は大高城から桶狭間山への大高道方面。編成を終わり次第、追撃を行う。今川軍を、わが領地から一兵残らず追い出すのだ。すぐかかれっ」

「おっ」

 武将、馬廻りの家臣団は陣屋を出て行った。


 ぼくは重い体を床几の上に下ろした。目の前に、帰蝶、信定、利家がいる。

「殿、綱渡りでしたな」帰蝶が言った。

「一時は、もう駄目かと、覚悟いたしました」


「われは、ついておる。本当に、雨が降るとは」

 ぼくはそう言って、三人を見回した。

「殿をこの世に導いたのも、大雨でしたな。その残酷な雨が、殿を救うとは、皮肉なものでございます」

 帰蝶がそう言って微笑んだ。


 小六は義元の首と陣羽織を持って陣屋に入ってきた。その後ろから、藤吉郎が顔を出した。

「殿、大高城は、空でございます。元康さまは、当初の予定通り、緒川城に向かっております。葛山、朝比奈両軍は、ばらばらになって、沓掛城に向かって退却しております」


「サルよ、おまえは、緒川城に行き、元康とわれとの繋ぎをとってくれ」

「はっ」


「信定(ウシ)、そなたは、砦に残り、鳴海城の城主岡部元信との、城明け渡しの交渉をやってくれ。その条件は、そなたに任せる」

「はっ」


 ぼくは陣屋を出た。

 追撃隊の陣立てが揃いつつあった。


 善照寺砦の将、信盛がぼくに書面を渡した。陣立ての内容であった。

 

 北狭間方面  丹下砦将 水野忠広    騎兵百、歩兵五百、鉄砲百挺

 桶狭間方面  中嶋砦将 佐久間政次   歩兵千二百、鉄砲二百挺

 南大高道方面 善照寺砦将 佐久間信盛  騎兵二百、歩兵六百、鉄砲百挺


 善照寺砦 山口広憲         歩兵三百、鉄砲百挺


「信盛、これでよい」

「はっ」


「殿は、どの道をいかれますか。ただし、桶狭間は死体と負傷兵で埋まっておりまする。武器回収の荷馬車を、南大高道に用意しております。それに、乗って行かれるのがよろしかろうと存じます。わたしが、お伴いたします」

 帰蝶が言った。彼女(彼?)は気が利く。ぼくが睡魔に襲われているのを知っている。仮眠をとりながら、桶狭間山に行くことを勧めているのだ。


「イヌよ、おまえは桶狭間に、小六、そなたは北狭間に行くのだ。両名は、われと桶狭間山で合流した時、事の状況を報告するのだ」

「承知」

 二人は同時に言った。


「殿、陣立てが完了いたしました」

 信盛が報告した。

 ぼくは木台に飛び乗る。そして大声を上げる。

「われらは、勝利目前である。これより、今川の敗残兵を三方から攻め立てる。逆らう者は切り捨てよ、降伏する者は捕虜にせよ。よいか、最後の最後まで、油断してはならぬ。桶狭間の山頂で、勝どきを上げるのだ」

「おおーっ」

 歓声が善照寺砦を覆いつくした。

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