36 ついに尾張統一 岩倉城攻略戦



 永禄元年、信長が岩倉城攻撃の没頭している折、戦場にカナデからとんでもない情報が飛び込んできた。尾張守護斯波義銀が三河守護吉良義昭、今川義元と密かに通じているというのである。

 岩倉城から清州城に戻ると、新たな情報が待っていた。 

 斯波義銀が海上から今川の軍勢を引き入れようと、敵方と密議を交わしているというのだ。三河の吉良義昭にしろ斯波義銀にしろ、恩知らずである。ぼくは頭にきた。即刻、斯波義銀の追放を命じた。

 


 永禄二年、1559年の正月を迎えた。


 武田信玄の甲斐、北条氏康の相模、今川義元の駿河、この三国の同盟が1554年に成立して五年が経過した。この五年の間、尾張は今川の本格的侵攻に怯え続けてきた。無頓着だったぼくさえ、昨今の今川の動きには神経を尖らしている。


 ここ一年をかけて、ぼくは駿河、遠江、三河の三国にかけて、情報網の整備に力を注いできた。今川の動向を一刻も早く察知するためだ。


 甲斐、相模、駿河に比べ、わが尾張の小さいことか。しかも尾張より数倍大きい美濃が北から覆いかぶさっている。

 この小さい尾張を統一するために、何年を要してきたことか。戦いに明け暮れ、兵も農民も疲弊している。戦費に多額の金をつぎ込み、信長の金蔵は空寸前だ。

 この尾張に対して、今川義元は年々国力を付け、耽々とわが国に狙いを定めているのだ。



 蜂須賀小六が一人の若者を連れて現れた。

 聞けば、信長の影武者候補だと言う。ぼくは帰蝶と共に面談した。

「面を上げよ」

 ぼくの声に、その若者は恐る恐る顔を上げる。

 顔を見るなり、帰蝶が笑いだした。なんと、顔かたちが、ぼく信長にそっくりではないか。

「立ってみよ」

 ぼくの命にすくっと立ち上がった。帰蝶は笑いを堪えている。姿かたちも信長に瓜二つである。ぼくは手招きで腰を落とすように命じた。


「この者は、何者だ」

 ぼくは小六に訊いた。

「佐久間信盛さま配下の足軽でございます」

「名は何と申す」

 ぼくはその若者に目を合わせて訊いた。

「太田喜八にございます」

 低い声は、ぼくにそっくりである。


 おおた、きはち……、ぼくは呟いた。髪を後ろで結い上げ、小袖に袴を穿いている。まだ粗削りだが、信長の影武者の素材としては申し分ない。

「ハチよ、この者に影の話はしたか」

「いえ、殿のお許しを得てから伝える算段でございました」


「喜八よ、そなたの望みは何か」

 彼はぼくを見詰めて口籠った。

「遠慮するな、何でも申してみよ」

「わたしは、親の代から尾張に住みつき、暮らしてまいりました。尾張のために働きたく存じます」

 そう言って、喜八は頭を床に擦りつけた。

「それだけか、喜八」

 彼は顔を上げた。

「できますれば、嫁の貰える身分になりたく存じます」


「喜八、そなたは欲がないな。そなたの二つの望み、われが叶えてやろう。その代わり、そなたはわれの影になるのじゃ。われになって、働いてもらう。どうだ」

 彼は目を見開いて、震える眼差しでぼくを見詰める。

「心配するな。そなたの命は、われの供が守ってくれる。そなたを、死なせることはない」

「ははぁ。畏まりました」

 彼は頭を床に擦りつけた。


「ハチ、チョウよ、この者をわれに育ててくれるか」

「畏まりました。仰せのとおりに」

 帰蝶と小六は頭を垂れた。



 翌日、ぼくは千の兵を引き連れて、岩倉城に向かった。城下では、我が軍と信賢軍との小競合いが続いていたからだ。敵方を城に追い込み、城下を焼き尽くした。


 岩倉城は高さ十メートルの高台に築かれた堅固な平城である。東西約百メートル、南北百七十メートルの規模を有している。周囲を水堀で囲まれているので、攻撃で落とすのは難儀である。


 長期戦に備え、ぼくは周囲に陣屋を建てさせた。大手門、裏門には土嚢を積み上げ、鉄砲隊を配置する。そして脱出する者には銃弾を浴びせ掛け、皆殺しにするよう指示する。

 兵糧攻めの態勢が完了したところで、ぼくは敵方に誇示するため、門扉に向かって一斉に鉄砲を撃たせた。城内の者はその厳しさを身に染みて感じたことであろう。



 二月二日、ぼくは室町幕府十三代足利義輝に謁見、尾張国守護のお墨付きを得ることに成功する。



 名実とも、尾張守護となったぼくは、再び岩倉城に向かった。

「われは、尾張国守護織田信長である」城内に向かって大声で叫ぶ。

「降伏すれば、命の保障はする。どちらへでも去るがよい。拒めば、直ちに総攻撃をかけ、皆殺しにする」


 大手門の城門が開いた。

 兵たちが、武器を捨てぞろぞろと出てくる。言葉を交わす気力もない。最後に信賢が出て来た。ぼくと目を合わせたが、何も言わず将兵たちと共に去って行った。


 ぼくは城内に入った。

 餓死者がいたるところに転がっていた。


 ぼくは岩倉城廃城を命じた。

 城も城下も跡形もなく破壊させた。

 この城はわれに反抗する拠点となった城である。それは、この城の宿命かもしれない。北の山並みを見上げる。稲葉山が聳え、城が見える。この地は美濃の影響を受ける宿命の土地なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る