21 密談 清州城をどう攻略する
八月の熱い日差しが廊下に差し込んでいる。
大広間の廊下に胡坐をかいて、ぼくは太田信定(牛一 ウシ)の報告を聞いている。帰蝶が扇子でぼくの首筋に風を送ってくれる。
信定の額から汗が滴り落ちる。
「わが守護さまは、織田信友の傀儡でしたが、今になって考えると、守護代信友も、小守護代坂井大善の傀儡のように思われます」
「そうであろう」
ぼくは彼の考えに同意する。
安食の戦いに勝利してひと月の間、ぼくは清州の織田信友に対して、信定の意見を取り入れて武力的な圧力を執拗にかけ続けた。清州城の守備力は、重臣の織田三位らを失い、兵力も半減していた。カナデの情報によると、いつ信長に攻めこまれるかと怯え続けているとのことだ。
信友はこの局面を打開するため、狡猾な坂井大善に立て直しを任せるしか策が無かったのであろう。
「殿、織田信光様とは、どのような人物なのでしょう」
珍しく信定がぼくに尋ねた。彼は何か策略を考え付いたようだ。
「武力、知力に優れた、ひとかたの人物だ。父信秀が亡くなったとき、後継者に推す者もいたと聞く。だが、今でもなお、われにとっては油断のできぬ人物でもある」
「殿との間には、隙間風が吹いておる、と申す者がおりましたので、あえてお訊きいたしました」
ぼくは信定を見つめて頷く。
「ここは、ひとつ、信光様と喧嘩をされたら如何でしょうか。勿論、信光様を巻き込んだ裏工作でありますが」
「詳しく申してみよ」
「信光さまとお会いになり、この那古野城を与え、尾張の東半分をお与えになると、提案したらいかがと。その代わり、坂井大善に取り入り、清州城を乗っ取り、信長さまに渡されることを条件に」
「それは、妙案かもしれません。坂井大善は今、藁をもつかむ思いであると察せられます」帰蝶がぼくの背中で言った。
「その餌に食いつかせるためにも、ひと芝居うつ必要があります」
「ウシの言う、信光との喧嘩とは、そのことか」
「はい」
帰蝶は頷くと、信定を見つめてにこりと笑った。
「問題は、信光がわれの、この危ない提案に乗ってくるかどうかだ。大善は守護代の身分を与え、信友と共に尾張を支配しようと、信光に提案してきたらどうする。そして清州方についてしまうかもしれないぞ」
「それは、ありますまい」帰蝶が断言した。
「守護代織田信友、その配下大善は、主君を討った反逆者です。いくら愚かであっても、信光さまが、反逆者になってまで、清州方に寝返るとは考えられません」
「わかった。ウシよ、信光のとこころに出向き、われが内密に会いたいと申していたと伝えよ」
信定が返事を返す前に、帰蝶が言った。
「殿、その役目、わたしに与え下され。必ずや、説得してみせます」
帰蝶の工作が成功したのか、一週間の後信光から面談したい旨の話が届いた。指定してきた面談の場所は、守山城下の外れにあるあばら家だった。互いに連れの者は五人、信光はそう条件を出してきた。ぼくは即座に承知の旨を使者に伝える。
ぼくは帰蝶、藤吉郎、利家、小六、信定を従え指定場所に向かった。ぼくは相変わらずの小袖の普段着姿である。仲間の五人も、腰にこそ刀をさしているものの、着流しの普段着であった。
信光は十分ほど遅れてきた。鷹狩の衣裳である。供の五人の武将も品格を保った装備をしている。ぼくはあばら家の奥で、折り畳み椅子に腰かけていた。目の前に同じ白色の椅子を置いてある。
信光は入ってくるなり、ぼくに一礼して、その椅子に腰を下ろした。
「信長殿は、相変わらずでありますな」
そう言ってにやりと笑った。
「伯父上、ずばりと行きましょう。われの作戦に応じて下さり、見事清州城を手中に収めたときには、尾張の東半分を伯父上にお譲りいたしましょう。われは清州城を拠点に西半分を支配いたします」
「ウム……」
「具体的には、東半分の拠点として、われの那古野城を差し上げます。伯父上のおる守山城は弟君の信次殿にお譲りされたらいかがか、と」
「よかろう。それで、策とは?」
「近々に、われが守山城に出向き、伯父上と大喧嘩いたしまする。喧嘩の理由は何でもよろしいのですが、一番分かりやすいのは、戦功に対する領地配分でしょう。萱津の戦い、村木砦の戦いの戦功に対して、伯父上はわれに領地の再配分を要求することにいたしましょう。われはその要求を断固退けます。そして、伯父上は激高する。というような筋書きでいかがでしょうか」
「なるほど、面白い」
「噂は、自然と広まり、清州にも届くでありましょう」
「彦五郎(信友)と大善は、果たして乗ってくるか、どうか」
信光はそう言って身を乗り出した。
「今の大膳にそのような、余裕はないと思われます」
帰蝶が口添えした。
ぼくは立ち上がった。
「伯父上、後は、清州がどう出るか待つのみでござる。きっと、伯父上に招待状が届くに違いありませぬ」
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