第三章 尾張統一へ
20 鬼柴田突撃する 安食の戦い
「弟ぎみの信行さまに、清州攻めを命じられたらいかがでしょう」太田信定(牛一)が低い落ち着いた口調で言う。
「信行さまが、何度か清州に顔をみせておりましたので、その真意を探る意味でも」
斯波義銀が落ち延びてきた翌日、信定が早速顔を見せ、ぼくに進言する。
「一石二鳥を狙うのか」
「ははぁ」
「いいだろう。その任は、斯波守護の息子の名を借りよう。義銀のところへ出向き、われからの願いだと伝えよ」
「畏まりました」
「これから、おまえのことを、ウシと呼ぶ。われが亡くなったあと、太田牛一と名乗るがよかろう」
「仰せの通りに」
七月十四日、ぼくの命を受け、義銀の清州追討の書状を持った信定は、信行の居城末盛城に向かった。
しかし三日経っても、末盛城には何らの動きもなかった。
仕方なく、ぼくは守護代織田信友討伐の号令を上げ、信行に圧力をかける。同時に、義銀の部下山宇喜一を将とする兵を末盛城に向かわせた。
翌十八日、柴田勝家(通称権六)を大将とする部隊が末盛城を出立したという知らせが入った。
重い腰を上げたか。
ぼくは小姓組や近習ら手勢の兵を三百ほど揃え、万が一のために五十丁の鉄砲を用意させる。城下には、帰蝶、藤吉郎、利家、小六も加わり、精鋭部隊が勢揃いした。
「さあぁ、権六の働きぶりを、見物に参ろう」
勝家と清州の兵は、山王口で対峙した。兵力は両者とも千足らず、ほぼ互角だ。基本的に違ったのは、武器であった。勝家軍は長槍、清州軍は短槍である。
「権六め、萱津でのわれの戦ぶりを真似したな」
ぼくは声を出して笑った。
それに反し、清州勢は萱津の戦いから何も学んでいなかった。
それには訳がある。清州勢は織田信友も坂井大善も、萱津の戦いにおいて戦は配下の部下に任せ戦場には姿を現わすことはなかった。だから実戦からは何も学んでいないのだ。一方勝家はわれの戦法を活かしている。
今度の戦も、清州の大将は信友の家老織田三位であり、信友も大善も戦場には出てこなかった。
残念なのは、我が方の信行が戦陣に加わっていないことだ。それでは、清州の守護代らと変わりがないではないか。
山宇喜一の傍に太田信定の姿が見える。
帰蝶ら仲間に、ぼくは語りかけた。
「今日は、高見の見物ができるぞ。ウシの弔い合戦だ」
開戦の火蓋が切られると、清州勢は勝家軍の長槍に押しまくられ、徐々に崩れ始め後退していく。安食村で一旦持ち堪えようとしたが、それもならず、誓願寺前まで追い詰められた。
ここで、凄惨な闘いが始まった。武将同志の肉弾戦が始まったのだ。こうなれば、鬼柴田の独壇場である。勝家が次から次と敵将を打倒していく。多くの清州の将兵が討ち死にし、門前は赤い血で染まった。
「織田三位の首、討ち取ったなり」
戦場に守護義統の直臣だった由宇喜一の声が響き渡った。
清州勢は町口大堀の中に逃げ込み、門を閉じた。
ぼくは下馬し、近習の者たちを従え、勝家の所へ歩いた。
勝家は顔を真っ赤に染め、血走った両眼でぼくを睨んだ。だが、すぐ膝まづき頭を垂れる。
「権六、あっぱれである。われが、加勢する暇もなかったぞ」
「ははっ。有難き幸せ」
「権六、今日はこのへんで、よかろう。あとは、われが決着をつけようぞ」
「はっ」
「信行には、われがそう申しておったと、伝えておけ」
「畏まりました」
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