儚い夢
藍葉詩依
儚い夢
憧れていた場所がある。
扉を開くと優しそうなマスターがいて、マスターの後には出番は今かと待ちわびているティーカップがあって、僕はそのお店が大好きでいつかこの場所でこの人と働きたいと思った。
僕が初めてこのお店に来たのはお父さんに連れられてで、その時はタバコを吸う大人がなんだか怖く感じてお父さんの後でおどおどしていたけど、マスターは僕の目線に合わせるように身を屈めて、何を飲みたい?と聞いてくれたんだ。
なんて返したかは覚えていないけど、優しげに微笑むマスターに僕は安心したのをよく覚えてる。
中学生になって、紅茶にハマった僕にマスターは入れ方を教えてくれて勉強も教えてくれた。マスターがお父さんだったらよかったのになって言ったらいつも笑って「親と話せる今を大事にしなさい」と言うんだ。
高校生、紅茶を飲むなんて可愛いね、なんて言われたのがなんだか恥ずかしく感じてコーヒーのブラックを頼んでミルクや砂糖はいらないと言ったのにマスターは笑いながら君にはまだ早いと思うなといって必ずミルクと砂糖を出してきた。
僕は負けじとブラックのまま飲んだけど、やっぱり途中で辛くてマスターが見ていない時にミルクを少し入れていた。今思えば、わざと目を逸らしてくれてたんだね。
夢はあるのかい?と聞かれてなんだか照れくさくて言えなかったけど、僕の夢はマスターとこの場所で働くことだよとあの時言えてたならよかったな。
ねぇマスター。僕はたしかに戻ってきたのにマスターもカフェもいなくてあるのはコンビニだけなんて想像もしてなかったよ。
マスターに取っておきのコーヒーをいれようと思っていたのにもういれれないだなんて信じられないよ。
何が足りなかったんだろう、僕はどこで道を間違えたのだろう。
誰か答えを教えてくれ……。
そう願ったけど答えは誰も教えてくれず、行き場のないタバコの煙がゆらゆらと空へ登っていくだけだった。
儚い夢 藍葉詩依 @aihashii
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