第5話 葛藤、事故、再会
「それって、高校生と遊んでるって思われるよりもヤバくないか?」
何故遊んでいると思われるのは嫌で、付き合っていると宣言するのは良いのか全くわからない。
本人の中では重要なことなのかもしれないが、俺にとっては本当にどうでもいいことだ。
どちらにしても、俺と恵が知り合いだという前提で千花と出逢うのは望ましくない。
付き合っている設定なんて以ての外だ。
「年下の高校生と遊んでるって、なんかチャラくない?付き合ってるなら、高校生の時に付き合ってそのままってパターンもあるしさ」
こっちの気も知らないで、呑気に話を続ける恵だったが、バッサリと話を遮る。
「馬鹿言うな、友達の彼氏として紹介された奴に恋愛感情を持つのは難しいだろ。もう少し普通に出逢いたいんだよ」
馬鹿って言うな!と、ブチ切れた挙句、思いっきり拗ねてしまった恵をなだめるのに小一時間もかかってしまい、その日は大した成果もないまま解散となった。
帰り際もまだ機嫌が直らなかった恵は、じゃあねと言うと、こちらを振り返りもせずに颯爽とその場を去った。
後でラインでもしてフォローするかと思ったところで気付く。
この時代はラインはおろか、スマホすら無い。
やっと携帯電話というものが定着してきた時代。
高校生の俺は携帯を持っていなかった。
ガキのくせに生意気なこと言うんじゃねぇってタイプのクソ親父のせいで、携帯の契約が出来なかったのだ。
だから当時はみんなの電話番号をメモしておいて、基本はこちらから連絡するって感じだった。
「恵の番号を聞き忘れた…」
もしかしたらまだその辺をうろうろしているかもしれないと、駅前周辺を探してみたが見つからない。
明日また千花を見つける為に張り込むつもりだし、その時にまた出会えるだろうと思い、探すのを諦めた。
何気なく駅前のロータリーを見て、千花とよくこの街をブラブラしたことを思い出した。
千花との思い出だけじゃない。
俺の二十代はこの街と共にあったと言っても過言では無い。
楽しいことも悲しいことも。
良い事も悪い事。
全部この街で起きた。
色んなことがあり過ぎた街。
ここ数年は訪れる機会も減っていたが、久しぶりに来てみてると昔の感覚に戻ったような気がした。
でもその記憶は、この世界だとまだ起きてないことなんだと思うと、とても不思議な気分になった。
俺の中ではもう何年も前のことなのに、ここでは未来の話になるんだから。
そう考えると、人の記憶というのは自分一人では現実に起きたことなのかを証明することが出来ない、酷く曖昧なものなんだと思った。
誰かと記憶が一致し、共有出来ることで初めてそれが過去となるのだ。
みんなが俺の記憶を否定したら、それは俺の思い込みや勘違いとして扱われてしまう危険がある。
そして今、俺の過去は未来を妄想しているのと同じことになっている。
自分自身でさえ、もしかしたら夢で見た事を鮮明に覚えているだけかと思ってしまうくらいだ。
無力だった自分。
愚かだった自分。
周りと上手くやれないことを、自分が特別だからと勘違いし、人を遠ざけた。
それなのに誰も助けてくれないと嘆き、人を憎み、恨んだ。
そんな荒んだ時代に、荒みきった生活をしていた街。
その時も千花は俺を支えてくれていた。
もうすっかり日が落ちて、電灯が無いと怖いくらいの闇が広がっている。
千花とよく二人乗りをして、警察に止められた道でもある。
今の自分が高校生だったということを思い出し、親にドヤされそうな時間になっていたので、急いで帰宅することにした。
当時の俺は、車なんて買う余裕も無いから交通手段はほとんどが自転車だった。
高校生の時から何も変わっていないと、思わず笑ってしまう。
俺は世間体なんて気にしてなかったが、周りからはいい歳してみっともないだなんて言われたりしていたらしい。
千花はそんな俺を気遣ってくれていたのだろう、二人乗りが好きだし、自転車が好きだと言ってくれた。
本心は嫌だったかもしれない。
高級車に乗ってる男と付き合ったりした方が、きっと幸せだったと思う。
それでも、俺と一緒にいることを選んでくれた千花。
そんな千花を悲しみの淵から救ってやることが出来なかった。
自然とペダルを漕ぐ勢いは増し、それに比例して感情が昂ぶるのを感じる。
絶対に千花の運命を変える…!
時間を超越してまで、千花を救うチャンスを得たのだ。
何が起きているのかも、誰かの仕業なのかも、頭の悪い俺にはわからない。
ただ、今は自分に出来ることを全力でやるしかない。
それが最良の結果に繋がると信じてる。
信じるしかないんだ。
昂ぶる感情は自転車の速度を更に加速させる。
こんな時は大体イレギュラーなことが起きるもので。
交差点で人影が見えた時には、もうブレーキが間に合う距離ではなかった。
ヤバいっ!
「きゃあ!!」
咄嗟に進路を変え、なるべく被害を最小限に留めるようにわざと転んだ。
誰もいない方へスライドしていった自転車は、民家の外壁と電柱にぶつかって動きを止めた。
俺はというと、転ぶと決めて転んだので、ある程度受け身も取れたから、軽い擦り傷と打撲で済んでいた。
「痛てて…」
カラカラカラ…と、車輪が回る自転車を見て、先程までの意気込んでいた自分を少し恥じる。
勢いと感情だけで突っ走ったら、あの自転車のようになってしまう。
一挙一動、冷静になって、慎重に動かなければと、自戒した。
と、この事故にもっともらしい理由を付けてみたが、馬鹿が不注意で転んだだけという切ない事実に耐え切れないからなので、そこは大目に見てほしい。
きゃあ!という声が聞こえたので、女性だったのだろうか。
怖い思いをさせてしまったことを謝ろうと、女性が居た方に視線を向けようとすると、向こうから先に声をかけてきた?
「大丈夫ですか!?」
見た目はかなり派手に転んだので、側から見たら心配になるのは無理も無い。
多少の痛みは感じるが、せいぜい擦り傷とか打撲程度のようだった。
女性に無事を伝えようとして、妙な感じがした。
なんか今の声聞いたことないか…?
そう思って女性の方へと振り向く。
そこには心配そうにこちらを見つめる千花がいた。
「ち…か…?」
思わず名前を呼んでしまったことさえ気付かない程、動揺している。
幸い、千花は自分の名前を呼ばれたことには気付いてないようだった。
千花は当時、中野に住んでいたはずで、こんな場所で遭遇するわけがない。
なぜこんな所に…。
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