第4話 謝罪、相談、カップル成立?

恵…?…なんで俺のことを?


高嶺恵(たかねめぐみ)。

俺が自殺する三日前に自殺した女。

そして千花の親友でもあった女。

俺と生前は十年以上の付き合いあった相手なので、多少の気心も知れた相手だが、千花と一緒ではない時の恵を見るのは初めてだった。

どこかいつもと違う雰囲気なのは、見た目が若いからではない。

周りにいる男達を従えるように佇む姿は、名前の通り高嶺の花を思わせて、自信に満ち溢れた印象を与えたのだ。


「ふふ…優作くん若いね、なんかカワイイ。」


そう言って見せた笑顔は、あの日に見せた涙の笑顔と同じだった。

千花の死を受け入れることが出来なかった俺は、暴言を浴びせ、八つ当たりに近い形で恵を犯した。

それなのに恵は、最期に笑顔を見せてくれたのだ。

互いが立ち直れない程にボロボロになってしまったけど、その笑顔を見た時に、まだやり直せるかもしれないと、勝手に思ったんだ。

本当に勝手だった。


「なんで…なんで自殺なんてしたんだよ…!」


気付けば涙が溢れていて、恵に駆け寄り泣き叫んでいた。

恵に対して自分勝手だと怒っておいて、同じことを恵にしている。


「おい!ガキ!いきなりなんだよ!


恵の取り巻きのような男たちが、俺を恵から引き離そうとしてくる。


「大丈夫だから!知り合いだから、この子。」


そう言われて、取り巻き共は渋々と引き下がる。

こんなわかりやすい三下じみた奴らが今時いるのかと、失笑してしまった。

いや、今時では無いか、十五年前か。

ブツブツと文句を言っている三下モブ達を尻目に、改めて恵を正面から見据える。


太陽の光に透けて艶めく美しい髪、離れていてもわかる透き通るような肌。

そして、顔の小ささに対して似つかわしくない程の大きな瞳。


俺の語彙が乏しいせいで、伝わるか心配だが、恵はかなりの美少女なのだ。

俺的には千花の方がかわいいし、美少女だと思ってたが、世間的には恵の方が人気だった。

俺は恵が庇ってくれたことで、少し冷静になり、恵から離れた。


「ごめん、取り乱した。」


「大丈夫よ。ちょっとあいつら巻いてくるから、そこのカフェに居てくれない?」


そう言うと恵は、取り巻き共に向こうに行けとジェスチャーして追い払った。

千花から恵はモテるんだよって聞いていたが、ここまでモテていたとは思わなかった。

男に不自由していないように見えるが、元の世界では処女だった。

男嫌いだったりするのだろうか、それとも理想が高いのか。


「ごめん、お待たせ。」


「いや、大丈夫。」


店員に注文し、ひと段落着くと、微妙な空気が流れる。

千花のこと、身体の関係があったこと、自殺したこと、そして今。

全部聞きたくて、全てタブーのようで、どうやって何から聞けばいいのかわからなかった。

こんな時、男ってやつは全く情けない。

そして決まって女性が導いてくれるもんだ。


「オッサンの優作くんも渋くてカッコイイけど、高校生の優作はジャニ系でカワイイからこっちの方がいいかなぁー?」


こっちが深刻に考えてることがバカらしくなるような切り口に、張り詰めた空気が一気に和らいだ。

さっきも感じたが、今までの印象とはかなり違うように感じるのは若いからってだけじゃないだろう。

いつも千花のことを気にかけ、ツンケンしてるけど控え目な印象だった。

俺にとっての恵は、千花ありきの存在だった。

こうやって、恵を一人の人間として見るのは初めてのことだ。

だからこそ、今まで見えなかった恵らしさみたいなものが見えるのかもしれない。


「高嶺さん、面食いだったんだ?」


「自分がイケメンって自覚のあるタイプ?性格悪そう(笑)」


そんな軽口を叩き、なんとなくお互いの腹を探り合うようなやり取りを行う。

カフェは若者でごった返していたので、二人の会話に耳を傾ける者は皆無だろうが、これから話す内容があまりにもトンデモ話なので、周囲に対しても多少の警戒をしてしまう。


「記憶…あるんだね、高嶺さんも。」


少しの沈黙の後、意を決して恵に尋ねた。

恵が俺に対して声をかけたということは、記憶があると言っているようなものだ。

今更しらばっくれるつもりも無いとは思うが、いかんせんイレギュラーな事態なので、何事にも慎重に事を運ぶ必要がある。


「恵でいいよ。うん、あるよ。」


答えは想定内だったが、あまりに軽い調子に肩を透かされた。

すぐさま千花のことを聞きたかったが、自分で言ったことがブーメランになるのは勘弁なので、まずは恵のことを聞き始める。

そして何よりも謝罪がしたかったのだ。


「自殺…したんだな。君も辛かっただろううに、あんな酷いことを…。全部俺のせいだ…すまない。」


この謝罪自体も身勝手で我儘なものだと自覚している。

あの時、恵が俺にしたことよりもタチが悪いってことも。

それでも謝らずにはいられなかった。

恵もきっと同じ気持ちだったんだろうと思うと、胸の痛みが増す一方だった。



「…死んだのはあたしの勝手だし。

優作くんの言ってたことはその通りだと思ったし、そのことで辛くなんてなってないから。

だから、優作くんが謝ることなんて、何一つないんだよ?」


穏やかな口調で諭すように話す恵に千花を重ねてしまい、また胸が痛む。

だが何故だろう、一瞬、罰の悪そうな顔をしたように見えて気になった。

言葉とは裏腹に、自殺したことを悔やんでいるのだろうか?


「ありがとう…高嶺…恵は優しいな」


そういうと、満面の笑みを浮かべる恵を見て、タイムリープ出来たことを神さまに感謝した。



「自殺したタイミングでタイムリープしたのか?」


「タイムリープってゆーの?これ。

多分そうかも、こっちに来てもう四日目だし。」


四日…ということは、向こうでの時間の経過と全く一緒ってことになる。

どういう原理か知らないが、到底俺の頭では解き明かせるものではないので、原因追求なんてことはしない。

この摩訶不思議な現象でもらったチャンスを、ちゃんと活かすことだけを考えるのだ。


「優作も記憶があってさ、ここに来たってことはさ、目的は一つでしょ?

なんで聞かないの?」


恵は見透かしたような顔でこちらを見る。

一番聴きたかった話。そして聴きにくかった話。恵は俺が言い出せないでいることをわかっていたのか、きっかけを作ってくれた。


「まさかあたしに会いに来たわけじゃないでしょ?」


「そうだな、残念ながら。」


「別にいいもん、そうだと思ってたし。」


そう言いながらも不機嫌になる。女はよくわからない。

まさか俺のことが好きってわけでもないだろうが、女子なら誰からも自分を一番に見てもらいたいものなのだろうか。

だとしたら、千花と三人の関係は成り立ってはいない。

今更ながらに恵の人となりがわからなくなってしまった。


「千花、どうしてる?」


悩んでも仕方ないので、一言で色んな情報を引き出せる問いをした。

千花が現状、どんな状態にあるのか。

それは彼氏がいるのかいないのか、交友関係はもう出来上がっているのか、そして恵はもうコンタクトを取ったのか。

恵はそれまでと変わらない様子で話し始める。


「元気にしてるよ?まだアイツとも出逢ってないしね。学校ではやっとグループが出来てきたところかな」


「いつ頃出逢う予定なんだ?それさえ阻止出来れば、何もかもが上手くいく…きっと」


「再来週、夏に行う学校主催のファッションショーに参加する為のグループ分けがあるの。そこでぼっちのあたしが恵に誘われてそのグループに入れてもらうんだけど、帰りに飲みに行こうって話になって、その場にアイツが来る感じ。」


「いや、全然わかんねーし、お前ぼっちなのかよ。」


「うるさいわね!さっきの奴ら見たでしょ?あんな感じでずっと周りをうろちょろされるから、女の子と話すチャンスが全然無いし、チャラいと思われて嫌われてるのよ…」


恵も苦労してるんだなと、少し同情してしまった。

そんな恵に声をかけるなんて、千花はやはり最高の女だ。

自分の妻を誇らしげに感じていると、ジト目をしながらこちらを見る恵に気付く。


「ちょっと…『俺の千花は最高だっ!』なんて思ってそうな顔してるけど…」


こいつはエスパーかっ!!?何故わかったんだ!

思えば、恵とも十年以上の付き合いになる。俺がそこまで興味が無かっただけで、十年の付き合いがあったらそれなりに相手のこともわかるだろう。

これからはもう少し他人に興味を持つようにしよう…。


「お、思ってないって…そんなことより、その場にアイツが来たっていうのはどういうことだ?」


恵は腑に落ちないという顔をしながらも、渋々俺の問いに答えてくれる。


「確かグループの誰かがアイツの友達と繋がってて、近くにいるから合流しようみたいな感じだったと思うんだけど、昔のことだから正確には…」


なるほど…チャラついた奴らの間では定番のパターンだな。

俺もそれで登場してお持ち帰りしたことが星の数ほどある。

いや、俺のことはどうでもいい…。


「その場所にアイツを呼ばないようにすることは出来ないのか?」


そう言った後に安易な考えだと反省した。

仮にその時アイツが来なかったとしても、これから最低二年もの間、同じようなシチュエーションはあるだろう。

かと言って、他に何か策があるのかと言っても特に浮かばない。

アイツとの邂逅を防ぎ、その間に俺が千花と付き合うのが一番確実だろう。


「わからない…。前の世界ではその日に千花のグループの皆と初めて話したから、誰か来るって話になった時にそれを拒絶するって普通は出来ないよね。」


確かにそうだ。恵はかなり常識的な女子だから、そんなに自己中心的な発言はしないだろうし、出来ないだろう。

早めに友達関係になってもらったとしても、たかだか二週間程度の関係であまり我を出し過ぎるもの良くないだろうし。



「そうしたら、俺がその前に出逢うしかないか…」


俺の言葉を聞いて、恵が少し動揺する。


「いや無理でしょ、優作くん高校生なんだよ? あたしが紹介しないといけないんでしょ? ヤダよ、男子高校生と遊んでる女ってレッテル貼られるの…」


そんな言われ方をすると傷付く…。が、今の恵の状況を考えると、恵を出逢いのきっかけに使うのは少々可哀相かもしれない。

いきなり千花に声をかけて告白するか?いや、ナンパみたいなのは嫌いなタイプだ。警戒されて、それ以降やり辛くなるのは目に見えてる。


「ん、良い事思い付いた!」


恵が少しニヤつきながら話し出す。絶対に良くない展開になるのは目に見えていた。

良い事思い付いたって言う奴の良い事ほど、良くない事はない。

そしてその予想は見事に的中してしまう。


「あたしの彼氏ってことなら紹介してもいいよ」


恵さん、それじゃあ逆に状況を悪化させるだけだと思うんですが…。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る