第2話 堕ちて、死んで、目覚めたら

俺と千花が付き合ってから七年。


俺の甲斐性なしのせいで時間がかかったが、なんとか結婚することが出来た。


裕福ではなかったが、心に決めた最愛の人と結婚出来たことは、俺にとって何より幸せなことだった。

千花がどう思っていたかは別として…。


年齢が三十歳を超えていたので子供は早めに作ることにして、遅れた結婚生活を満喫しようとしていた。


そう、ここまでは良かったんだ。


俺たちは付き合っていた期間が長かったが、セックスレスというわけでもなく、子作りとなったら積極的に取り組んだ。


だが、なぜか子供が出来ない。


一年かかってやっと着床したかと思うと、すぐに流れてしまった。


流産は健康的な母体でも10〜20%の確率で起きるようで、実はそこまで珍しいことではない。

だが、千花は過去の堕胎の経験から、自分の子宮に問題があるのではないかと思い始めてしまった。


二回目の流産の後、彼女から笑顔が消えていた。


流産の原因は胎児の染色体の異常らしいから、お前が原因てわけじゃないんだと何度言っても笑顔は戻らなかった。


空元気で微笑み返してくれる度に、胸が痛くなった。


三回目の流産は結構深刻で、子宮を摘出しなくてはいけないかもしれないと医師に告げられた。

とりあえず検査をしないことにはハッキリと言えないということで、精密検査を受けた。


その結果がわかるのが、自殺する前日だった。

神さまがいるなんて言ってたのは、結果を知ってのことだろう。


俺に対して絶対に愛してるなんて言わない千花が、帰り際に


「ゆーちゃん、お見舞いありがとうね、愛してる。」


なんて言ったのは、それが最期だと決めていたからなんだろう。


妻の通夜、葬式には彼女の旧友たちも参列していた。

その中で、今でも千花と友人としての関係を続けている高嶺恵という女がいる。

葬儀が終わり、千花の遺品を整理している時に恵が訪ねて来て、彼女から借りてた物に関してのことなどを話したいと言ってきた。

出来れば形見として持っていたいと言ってきたので、そうしてあげて下さいと伝えると、恵は泣きながら感謝の意を伝えてきた。


恵とは千花と一緒に出逢った。

堕胎したことを唯一相談していたのが恵だったらしく、身体の調子が戻ったタイミングで飲み会を開いてくれたらしい。

らしいというか、その飲み会に俺も参加していたのだが。


第一印象は生意気な女。

俺が興味を示さないのが気に食わなかったのか、途中からずっとツンケンした態度を取られた。

俺が千花と消えようとした時も、最後まで「そんな奴と二人っきりになったら、また…あっ…えっと…」なんてバカなことを言っていたのを覚えている。


それからしばらくは目の敵にされていたが、次第に態度が軟化していき、たまに三人で食事をする仲になっていた。


だけど、結婚してから恵とは疎遠になってしまったと千花は言っていた。


気を遣ってのことだと思っていたが、実際は違っていたようだ。


「こんな時に話すことではないと思うのですが…」


こちらの様子を怯えながら伺い、恐る恐る話し出す様子は、今までの恵の印象とは全く違っていた。



「千花…結婚してから、妊娠出来ないことの愚痴や、専門学生だった時の浅はか自分を呪うような話ばかりで、話を聞くのが辛くて…それで徐々に返信したり折り返す回数を減らしてしまって…。あたしが…あたしが千花の話を聞いてあげれてたらこんなことにはならなかったかもしれないのに…!! 本当にすみません…」


まだ何も整理出来てない俺にとって、その謝罪は早かった。

妻が死んだという事実を受け入れ、誰もがどうしようもなかったと思えたならば、怒ったり許したり出来たと思う。


今この話をされても、自分が少しでも楽になりたいからって目的で謝罪しているとしか思えなかった。


「高嶺さん、それで貴方はどんな言葉が欲しいんですか?」


「え?」


「いいんです、貴方は悪くない…的な?」


「それとも、ふざけんな!お前が千花を見捨てなければ…的な?」


「俺が今どんな精神状態にあるかとか、そういったことを全く無視して、一方的に自分の伝えたいことを自分のタイミングで話す貴方に、本当の意味で謝罪したいという気持ちがあるのか、甚だ疑問ですね。」


「…っ!?」


「楽になりたいだけなら、もう少し後にして下さい。俺も後少ししたら余裕が出ると思うので、ある程度貴方の欲しい言葉を与えてあげられるでしょう。」


「そんなつもりじゃないっ!!あ、あたしはただ…あたしの責任だって…本当に申し訳ないと思って…」


「本当に申し訳ない?だったら…だったらこのやり場の無い感情をどうにかしてくれよ!なぁ!?アンタのせいなんだろ?!」


そう言って恵を壁に押し付けて、上着を破いた。


軽い警告のつもりだった。

あまりに無神経な発言に、少しは自重しろという意味で。


「……。あたしで…気が紛れるなら…。」


と言って、破れた上着を脱いだ。


そして俺と恵は、千花に対する裏切りとも言える行為に及んだ。


「お前…処女だったのか…?」


微かに纏わり付く赤い液体が、全てを物語っていた。


「そ、そんなわけないでしょ?生理前だったから多分このタイミングで、きたのよ。」


痛かったのか辛かったのか、涙を流しながらそう言われても説得力が無い。


本来なら恵を犯してしまったことで、自己嫌悪に陥るのが普通なんだろう。

だが俺は、恵の温もりに癒されてしまった。

人の温もりってやつは心の傷によく効く。


冷静になってみると、恵に酷い言葉を浴びせた挙句、こんな目に遭わせてしまい、それでいて自分だけ癒されるなんて、鬼畜の所業としか思えない。

ここで謝るのは、さっきの恵と同じことをすることになるのだが、この状況で謝らない奴はいないだろう。


「さっきは…その…俺も我を忘れて言い過ぎたよ、ごめん。」


そう言うと、涙で濡れたその顔が笑顔に変わった。

不覚にも、千花以外の女性を可愛いと思ってしまった。

俺たちは立ち直ることが出来るかもしれない、その時はそう思えた。


だが、恵は自殺した。


千花から逃げたこと、そして死んでからもなお裏切ったことに耐えられなかったのだろう。

遺書などは見つからなかったが、俺に一言ありがとうというメッセージが送られていた。

警察に事情を聞かれたが、遺品のことでウチに来たから、その時のことだと思いますと答えた。





千花、俺はこんなにもクズなのに五体満足生きてて、お前が妊娠出来ない身体になるなんて、本当に不公平だよな。

神さまなんてもんがいたらさ?

少なくとも俺は千花以上に酷い目に遭わないと釣り合いが取れないよな。

なぁ神さま、もし本当にいるならさ、千花が幸せになるような結末にしてくれよ。

過去から遡ってさ?出来るだろ?神さまは全知全能なんだから。

俺はいい、俺じゃなくていいんだ、相手は。


だから頼むよ、今から俺の命を捧げるから…!


ガタンッ!!





誰にも迷惑をかけずに死ぬのはなかなか難しい。

樹海で死ぬのが一番なのかと思ったが、東京で死ねっていう看板があるらしく、自殺するのはかなり迷惑なんだなと思った。

少しでも迷惑のかからないように、近所の割と大きめの森の奥で首を吊った。

首吊りは、首が締まることでの窒息死だと思っていたが、絞首刑などの場合は、高所からの落下によって首を吊る為、頚椎損傷によって即意識を失う為、苦しまずに死ねる最も楽な方法と言えるらしい。

なので俺も高めの脚立を用意し、それを倒すことで足場を無くした。

一瞬にして目の前は真っ暗になり、全てが終わった。






と、思ったが、なぜか眩しい気がする。

何が眩しいのか気になって目を開けてみた。


チュン…チュン


朝?


見た事あるような無いような部屋で目覚めた俺は、悪い夢から覚めたかのような感覚に陥っていた。


生きてる…?


ってことは、首吊りしたのは夢?

恵が死んだのは…千花は?


頭がぼーっとしていて思考がまとまらないが、自分の部屋では無い所で寝ている状況に、もしかしたら首吊りした後で誰かに助けられたのかもと思い始めて、辺りを見回してみた。


んん?


よく見ると、その辺はよく知ってる、いやよく知っていた部屋だった。

高校の時の実家の部屋?


……。


あり得ない!なんでだ!?


高校卒業のタイミングで実家は引っ越したのだ。

そしてしばらく新しい実家で暮らした後、一人暮らしを始めた。

だから、高校の時の俺の部屋が存在してるはずがない。

飛び起きて部屋の中を調べたが、当時俺が使ってたものが並べられている。

カレンダーも2010年の四月一九日になっている。


まさかのタイムリープ…?


漫画好きの俺にとって、割とありふれた現象だったが、あくまで空想の世界での現象であって、実際に起きるなんて思ってもいない。

枕元には当時吸っていたセブンスターとジッポ、灰皿がある。

高校三年ということは、まだ携帯を持っていない。

PCも無い為、現状を把握する為の情報を得る為の手段が無い。

本当にタイムリープしたのか、それとも長い夢を見ていて、それを明瞭に覚えているだけなのか。

とりあえず何年ぶりかのタバコに火を点けてから考えることにした。


バンバンッ!

「朝だよ!起きてる?」


朝からものすごい勢いでドアを叩くのは母親だった。

懐かしい…当時は寝起きが悪くて、朝から戦争してるかのような状態だったな。

ドアを開けておはようと挨拶をした。

これからはあまり迷惑をかけないようにしよう、そう思って急いでドアを開けたのだ。


「アンタ…未成年のクセに朝からタバコ吸ってんじゃない!」


しまった…そうか俺は今、高校生か…。

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