あの日、自殺したキミを救う方法。

らうる

第1話 はじまり

妻が自殺したのは、なんの変哲も無い平日だった。


どんよりとした曇が多少の憂鬱さを増長させたが、死を想う程ではない。


病院の屋上から俺の目の前に落ちてきた妻は、頭が割れ、脳漿が飛び散り、もう妻ではなくなっていた。


普通の日に普通に死ぬ、それが彼女の最期の望みだったのだろう。


俺の目の前に落ちてきたのは、何か意味があったのか。


少なくとも俺を巻き込むつもりは無かったと思う。


幸せになってと、ただそれだけが遺言として残されていたのだから。


偶然だったにせよ、妻の最期の瞬間を共有出来たのは、何かしらの意味を感じた。




妻と最期に会話したのは自殺する前日、昨日。


妻は三回目の流産で入院していたので、俺は毎日見舞いに行っていた。



「ねぇ…知ってる?神さまっているんだよ?」


ベッドの上で身体を起こし、特に何があるわけでもない景色を見つめる妻。

彼女には神さまが見えていてるようにも思えた。


「なんだよ?急に。お告げでも貰ったのか?」


いつもの調子で軽口を叩いたが、反応は無い。

長い付き合いの中で、こんな時妻は真剣に話したいんだということを知っていた。


「これはね?きっと神さまからの罰なんだよ」


度重なる流産により、妻は子供が産めない身体になった。


そしてその原因を、俺と出逢う前に付き合っていた男に孕まされ、堕胎したことだと思い込んでいる。


俺が妻と出逢ったのは、彼女が中絶をして間も無い頃だった。

そうとは知らず、俺はいつものように千花(ちか)を口説いた。

酒の勢いもあり、当時の俺は多少浮ついたタイプだったので、そういったことも珍しくはなかった。


彼女は俺と繋がる瞬間、我に返ったような顔をして、「ゴムを付けて」と言ってきたのが今でも忘れられない。


「仮に神罰なんてものがあったとしたら、俺はもうとっくに死刑になってるよ」


「ゆーちゃん、チャラいもんね?」


自虐して慰めてやるつもりが、更に責められてしまった。

否定はしないが、三十路を過ぎてチャラいと言われるのも心外だ。


「神なんているわけないだろ?堕ろしたことを言ってるなら、他にもたくさんいるし、その全員が子供を産めなくなってるなんてことはないだろう?千花が悪いわけじゃない、自分を責めるな。」


正直、馬鹿で愚かだったとは思う。

群馬出身で高校卒業と同時に上京してきた千花は、憧れの東京の生活に舞い上がっていたのだろう。

専門学校に通いながら、コンパで半グレのような馬鹿と出逢い、成り行きで付き合ったのだと言う。

千花を初めて見た時、なぜだかとても惹かれた。柔らかな空気を纏い、優しい雰囲気を持っているにも関わらず、どこか儚げで寂しい目をしていたから、そのギャップが気になったのかもしれない。

一夜を共にした次の日から、千花と音信不通になった。

遊び回っていれば一回限りのことなんてザラだったし、次の日から音信不通なんてのもあるあるだった。

しかしその時は彼女をすぐ抱いたことを後悔した。

もっと慎重になるべきだったと。

別れ間際、


「私ね、この前…堕ろしたんだ。彼氏は音信不通になっちゃってさ。馬鹿みたいだよね。」


と、言っていた。

それを聞いて、何も言えなかったんだ。

千花は、少し答えを待っていたように思えたが、俺が言葉に詰まっていると、笑顔で「ばいばいっ♪」と別れを告げた。俺とのことは、自暴自棄が故の自傷行為に近かったんだと思う。

それから一週間、何をどうしても千花と連絡が取れなかった俺は、彼女が住んでいると言っていた阿佐ヶ谷の駅で、毎日夕方から終電まで彼女を探した。

二、三日で見つかると思ってたが、これがなかなか見つからない。探し始めてから一週間経っても彼女を見つけることが出来なかった。


もう諦めるか…。


そう思って、改札から喫煙所に行こうとした時。


「優作(ゆうさく)くん?」


振り返ると、大きな旅行カバンを引く千花がいた。

なんでも俺と朝帰りした日は、実は海外旅行に行く予定の日だったらしく、寝ないで準備して、そのまま向かったらしい。気分転換の為の一人旅だったようで、親以外には言ってなかったそうだ。

当時はまだ海外だとキャリアメールはチェックは出来なかったので、自宅に戻ってからするつもりだったらしく、俺からのメールも見れてなかったらしい。

俺は彼女を見た瞬間に、愛おしさが溢れてしまい、駆け寄って彼女を抱き締めた。


「えっ!?ちょっ…優作くん!?」


突然抱き着かれて戸惑う千花。


そんな千花に御構い無しに畳み掛ける。


「愛してる。付き合ってくれ。」



と、まぁこんな感じで俺から告白したわけだが、ここから三回振られた話はまた別の機会で。

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