第510話 正体


「……その手はなんじゃ?」


 高杉の頭上で、ヤツを護るように広がる不可視の壁はあたかも巨大な手のような形をしておった。血と骨と屍肉を払いのける大きな掌。


「菅原道真という人物を知っているかい?」


 高杉は儂の問いを無視して逆に問い返してきた。

 スガワラミチザネ?

 ユーマの世界の者の名か。


「儂が知るわけなかろうが」

「道真公はかつては都の文化人・知識人だった。そして学問の神であると同時に雷の神でもある」


 ま、元は怨霊だがね、と高杉は笑った。


「怨霊あがりの、学問と雷の神じゃと?」


 なんじゃその訳の分からぬ出自は。

 人が怨霊になるのはまだしもそれが神格化するとは。


「その透けておる手がミチザネだとでもいうつもりか?」

「御明察。僕は太宰府のある九州に居たこともあってね。四境戦争の時にいろいろあって、この身に道真公を宿す僥倖を得た」


 シキョウセンソウ?

 また知らぬ言葉じゃな。

 いや、それよりも、


「……神降ろしじゃと?」


 ふざけたことを。

 人の身に神など降ろせば肉体がもたず崩壊するわ。


「あの時――、僕の身体は死の淵にぎりぎり引っかかっていたようなものでね。どんな強い薬でも飲めたし、その効果を僅かばかり引き出して我が藩のために使うこともできたのさ」


 神降ろしを強い薬とは抜かしおるわ。


「狂人の戯言、というわけでもなさそうじゃの」

「はっはっは、狂ってるのはお互い様だろう? それでまあ、死んだはずの僕が目を覚ました場所がこの世界、というわけだ」

「神もろともに跳んできたというわけじゃな」

「どうもそうらしい」


 やはり長生きはするものじゃな。

 異界の現人神あらひとがみが相手とは面白い。

 おい、ユーマよ。気後れなどしておる暇はないぞ!?


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