第392話 再生産できないもの

 俺は事務所の裏の出入口からロビーに出た。ほったらかしにしていたブルーノの相手をしてやるためだ。奴は俺の姿を認めるや否や駆け寄って来た。


「旦那! なんなんですかいこの宿は」

「五月蠅いよブルーノ」


 騒がしいのはナターシャだけで十分である。ちらっとフロントを見やると、何もわかっていないナターシャは僅かに首を傾け不思議そうにしつつ笑みを寄越した。適当に笑うのはやめなさい。


「他のお客様に迷惑だ。共用スペースでは静かにしてくれ」

「すいやせん! 仰る通りですがこりゃあ騒がずにはおれませんぜ?」 

「まあ、言いたいことはわかる」


 ウチのホテルの設備や備品を見たら、商品なら興奮せずにはいられないだろう。あらゆるもの――椅子ひとつ、コーヒーカップひとつ――どれを取っても異世界こちらの常識の埒外らちがいのシロモノなのだから。本職が造る一点ものの芸術品には及ばないが、量産品としては訳が分からないほどの品質と均一性を担保している。


「どこでどうやって作ってるんですかい?」

「はっはっは」


 商社に発注して納品してもらってたんだよなー……。

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