第366話 チェックアウトの朝に、不自由な右脚


 ――翌朝。

 俺は荷物をまとめ、ナーシャとマーシャの宿の玄関口に立っていた。


「延泊と伺っていましたけれど」

「申し訳ない」


 俺はナーシャに頭を下げた。


「予定が変わってしまってね」

「御宿泊のお客様の予定が変わるのは致し方ないことですから」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 一方マーシャの方はそう簡単ではなかった。

 今現在、無言で俺の右脚にへばりついているのがそれだ。


「こら、マーシャ。やめなさい。ご迷惑でしょう」

「……」


 姉に叱られても返事すらしない。

 俺はマーシャの頭を軽く撫でて、


「またすぐ戻ってくる。こっちでの仕事をまた請け負ってしまったからな」

「……そうなの?」

「そうなんだよ」


 顔を上げたマーシャにこっくりと頷いてみせた。


「だからそんな顔するな。今生の別れでもないんだし」

「……うん」


 渋々俺の足から離れ、今度は姉の背後に姿を隠すマーシャ。

 恥ずかしくなったのだろうか。


「申し訳ございませんでした、ユーマ様」

「いえ、こちらこそ。さっき言った通りまた来ます。その時に、ちょっと相談したいこともある」

「私にですか?」

「貴女と、貴女の宿に。それと妹さんにも」

「よくわかりませんけど――」


 それでもナーシャは宿屋として最高の笑顔を見せ、こう言った。


「――行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 やっぱり良い宿だ、ここは。

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