第238話 芸は身を助けない、こともある

 よし、この場の最高権力者の言質げんち取った。

 

「つまり無罪放免ってことですね、ヴィクトール殿下。では、私はこれにて失礼」


 俺がくるりと背を向けた。

 その背に、ヴィクトールがすかさず声をかけてくる。


「そうはいきませんよ、ユーマ・サナダ。今回の奇襲の失敗を踏まえて、帝国も次は本腰を入れて戦力を差し向けてくるはずです」


 それはそうだ。

 流石にヴィクトールはよくわかってる。

 俺が帝国側の上層部にいても、きっとそうするだろう。

ヤツ」の相手には数千人の先遣部隊を当てて足止めしておいて――そいつらはおそらく全滅するが――、本隊はその戦場を大きく迂回して王国の防衛線を突き崩しに掛かるだろう。所詮個人の力では大局を覆すことはできないのだから。


「でしょうね。けどそれは俺には――」

 

 関係ない。


「――関係ないとは言いませんよね? ユーマ・サナダ。君は今回、あの帝国軍の奇襲を単身退けた英雄なのですから」


 ん?

 おい待て。

 ちょっと待て。

 今なんて言った!?


「……ヴィクトール殿下。聞き違いだろうか。今、私のことをなんと呼びました?」


 俺のことを、アンタは、何と呼んだ?


「英雄、と」


 にっこりとヴィクトールは笑う。

 けれど、その目の奥は全く笑っていなかった。


「英雄……?」


 英雄だと?

 ふざけるな。


「誰が英雄だ」


 思わず声に出すほど、俺は怒り心頭に発していた。

 声を震わせる俺に対して、ヴィクトールは腹立つのを通り越して感心するほど冷静だった。


「ユーマ・サナダが、ですよ。宿主人あるじにして、当代随一とすら言える死霊術師ネクロマンサー。――そしてシュトルムガルド王国を窮地から救った大英雄。それが君ですよ」


 やめろ! 勝手に俺を定義するんじゃあない!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る