第140話 商人たちの目利き

「はいよォ、今日から一泊だねェ。じゃあまずはコレに名前を書いてくんなァ」


 あたしは冒険者の男にメモ紙を渡し、必要事項を書かせる。

 あのユーマってニイさんの宿の予約受付を彼自身から依頼された時には、こんなに繁盛するなんて。宿屋の予約をわざわざする奴なんざいない。鼻で笑って請け負った自分を殴ってやりたいほど。こりゃあ手間賃貰わないとやってられないわ。


 それでも果物を売る機会がべらぼうに増えてるんだからあたしとしては損してるわけでもないけれどね。


「――大したもんだァ。ツイてたねェ、あたしらァ」

「んあ? どうしたオバサン」

「あたしもクラリーも、ニイさんに懇意にしてもらって運が良かったって話さァ」

「まあ金払いはいいよな!」


 能天気なクラリッサにあたしは深く深く溜息を吐いた。


「……馬鹿だねェ、クラリーは」

「クラリー言うな!」

「ありャ、ただ者じゃないよォ。お試しで泊まらせてもらった部屋だって、あんなの王国中どころか世界中どこを探したってありゃしないよォ」

「そんなに?」


 そんなにさ。


為人ひととなりも悪くはなさそうだ。時々何考えてるのかわからないけどねェ。それでも良い人さァ。前も言ったがねクラリー、嫁にしてもらいなァ。あんな旦那はふたりといない。きっと幸せにしてもらえるよォ」

「ななななな何いってんだババア!」

「誰がババアだい!?」

「お節介ババア! 誰があんなオッサンの嫁になるかっての!」


 おやまァ、顔真っ赤にして。脈が無いでも無いのかねえ。競争相手も多そうだし、変な意地張ってないで精々励むこった。


「なんだよ?」

「なんでもないさァ」


 言ったら余計意固地になるだろうからね。

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