第134話 ホテルは朝から忙しい

 朝――

 朝食会場は賑わっていた。自家製のパンもジャムも好評を博している。好評過ぎて一人当たりの食事量が想定を上回ってしまっているが。


「追加焼き上がりましたー!」


 ノヴァがパンを焼きまくっているが、彼女の本分は監察官である。やはりパン職人の雇用は急務だ。



 一方でフロントはどうにかこうにか回っている。それはアイの働きに拠るところが大きい。雇ったばかりのフロントスタッフに接客マニュアルをスパルタで叩き込んだのだ。人が耐えられるギリギリのラインの厳しさで。


「チェックアウトでございますね。ご利用ありがとうございます。いってらっしゃいませ」

「「いってらっしゃいませ」」


 おかげで接客などしたこともなかった素人集団が曲がりなりにも元の世界あっちのビジネスホテルらしい応対をできるようになっていた。


「ありがとうございます、またのご利用をお待ちしております」


 と、俺がロビーに出て挨拶グリーティングができる程度には余裕があるし、他のこともできる。

 

 玄関から表に出ると、馬車(馬ではない)が待機しており、チェックアウトしたお客様が次々乗り込んでいるのが目に映る。


「リュカ」

「ユー……支配人! なんデスヨ?」


 獣人の娘は耳をぴょこっと動かし振り返り、俺に顔をむけると歯を剥いて笑った。御者台から跳び下りて近づいてくる。尻尾を振るリュカの頭を撫でて髪を手櫛てぐしかす。


「お疲れ様だな」

「全然平気デス!」

「そうか。今日の客室情報だ。降りたらメアリさんに渡してくれ」


 インターネットどころか電話すらないこの世界で予約を取るのは困難を極める。果物売りのメアリさんに金を払って予約代行をしてもらっている。馬車の往復のついでに情報を更新することで当日の空室を埋めている、というわけだ。

 

「はいデス!」

「あとは安全運転でよろしくな」

「了解デスヨ!」


 馬車が出て行くのを見送って、俺は階段を使って客室へ向かった。

 今日は連泊の滞在客が殆どおらず、チェックアウトが終わった部屋から順次清掃班の骸骨兵スケルトンウォリアーが大急ぎで客室の掃除とベッドメイクにかかっていた。彼らがいないことには当館の運営は立ち行かない。

 思えば彼らとも長い付き合いである。目が合うとカタカタ挨拶してくれるので、会釈を返した。邪魔にならないようにざっと見回りをして、俺はフロントに戻ることにしたのだった。

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