【幕間】
若き行商人は視線に気づく
アタシ――クラリッサは砂糖の買い付けに王都の更に先の港町を訪ねていた。荷駄としてロバを借りて。
砂糖自体はどこでも手に入れることができる。
金に糸目をつけなければ、だけどな。
砂糖は遥か遠くの土地で作られ船に積み込まれて長い航海を経て王国に至るんだ。船着き場、つまり港町から離れれば離れるほど介在する商人の数が膨らみ、価格は馬鹿みたいに釣り上げられていくって寸法だ。それでなくても
今回の依頼主は豪気なのか世間知らずなのか、金はいくらでも出しそうな奴だ。だったらアタシはアタシの利益を少しでも増やすためになるべく安く仕入れ、高く売りつけるだけだ。
私が到着した時、港で荷下ろし真っ最中の船がいたのはツイてたと思う。
アタシは真っ直ぐにその中に飛び込んでいく。
「なあオッサン、砂糖が欲しいんだけどさ」
「ガキが来るようなところじゃねえぞ。邪魔だから帰えんな!」
「即金で。今ここで買う。ほら」
銀貨を一枚見せる。
「……失礼しやした。お嬢さんはどちらの貴族様ですかい」
「貴族じゃねーけどな!」
金の力は偉大だ。
商売人なら大体のやつが態度を変える。
一瞬前まで邪険にしていたのが嘘のよう。
「まあ、即金なら素性もどうでもいいか」
「話が早くて助かるぜ」
「量はどれくらい必要だ?」
「あのロバに載せられるだけ」
「なら四袋ってところか。銀貨五枚だな」
吹っ掛けてきやがる。
「たっけーよオッサン! いくらなんでも一袋が銀貨一枚超えるってこたねーだろ! いいとこ四袋で銀貨三枚だろ!」
「ふざけんな。そんなに安く卸せるか」
だろうな、とアタシも思っている。
これはアタシたちにとっての儀式みたいなもんだ。
どれだけ高く売りつけるか、安く仕入れるか、妥協点の探り合い。
「じゃあ銀貨三枚と銅貨五十」
「四枚と七十」
「三枚と七十」
「四枚と五十」
その後もぎゃあぎゃあ言い合って銀貨四枚と二十で話はまとまった。
それはいいんだが。
――複数の視線を感じる。
どこからかはわからない。でもアタシが見張られているのは間違いない。狙いは金か、砂糖か。それともアタシ自身か。どれにしたってロクなモンじゃねえ。さっさと帰った方が良さそうだ。
「ありがとよ。また来ると思うから、よろしくなオッサン」
「気を付けて帰れよ」
その後も視線はアタシの後を
「マズいな」
急ぎ港町を出る。
王都まで辿り着けばどうにかなる。
途中、やめとけばいいのにアタシは振り返ってしまった。隠れる場所のない塀やの街道で、かなり離れて、けれどアタシの後ろを追って歩いていたのは――四人。
多い!
ヤバいヤバいヤバい!
アタシはロバの手綱を引いて急ぐ。が、過積載のロバはのんびりした足取り。
「くっそ」
万事休すか。
と思っていたら、後ろから絶叫が。
後ろの連中が二人ずつに分かれて争い始めた。
仲間割れ? 同業者同士の諍い?
どっちでもいい。
アタシはどうにか連中を振り切ることに成功した。次からはケチらずに護衛の冒険者を雇うことにしようと思いつつ、依頼主に砂糖を届けに向かった。
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