第109話 自由の量が多ければ必然の量は少なくなり、逆もまた然り
「私は! パンを! 焼きたいのだ!!」という
俺は自分用のデスクチェアに座り、ノヴァは事務机を挟んで反対側の椅子に腰かけた。人払いを済ませたアイが戻ってきて俺の脇に立つ。
「事情を話してくれないか、ノヴァ」
思い返してみると、石窯づくりのあたりからノヴァは情緒不安定だった気がするのだ。
「笑わないで聞いてくれるか?」
「おう。笑わないよ。話してくれ」
ノヴァはすーはーと深呼吸を何度かして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「――私は王都生まれの王都育ちでな」
偉そうな奴は大体友達、なんだろうか。
「貴族階級ではあったが、代々王国騎士を輩出する武門を尊ぶ家柄なのだ。私も物心ついた頃には人形よりも木剣で遊ぶことが多かった」
物騒な英才教育だ。
「とはいうものの、私の剣技は凡庸で兄上たちに比べるべくもなくてな、剣術指南所での序列も真ん中よりは上、といった程度のものでしかなかった。兄上たちが居る以上、私が騎士になる必要はなかったのだ」
生まれや家柄で仕事が決まるのは封建社会ではよくあることだ。
「剣術指南所からの帰路にな、パンを売る店があってな。行儀の悪いことだが、時折買い食いをするのが私の密かな楽しみだったのだ。その店の親父さんの作るパンは魔法でもかかっているような味わいでな」
思いを馳せるだけで顔がほころぶんだから相当の味なのだろう。
「騎士でなければパン屋さんになりたいと思ったりもしたものだ」
「――っ」
「こら、アイ」
吹き出すんじゃない。
大事な話してるんだから。お前ソレ、わざとやってるだろ。
「失礼しました。ツッコミ待ちかと思いまして」
気は済んだか、とノヴァが目で訴えてくるので俺は謝罪を込めて頷いた。
「だがな、そんな子供の自由な空想は現実という名の必然に叩き潰されたのだよ」
ぎり、と何かが軋む音がした。
ノヴァが歯を噛みしめる音か、手を握りしめる音か、身体を強張らせ骨の鳴る音か。或いはその全部かも。
「隣国が攻め入って来たのだ――」
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