第56話 ゾンビコーチのスパルタトレーニング

「えいっ」

「……遅い、です」

「はうあっ!?」


 ナターシャのひょろひょろしたパンチをあっさりと避けたアイが、回避動作と連動した掌打をナターシャの脇腹に突き刺した。地面をのたうち回るナターシャ。うん、あれは痛い。


「ナターシャさん、攻撃の初動が露骨です。それから攻撃を躱された際にはきちんと防御なり回避なりしてください」

「アイさんが速すぎて間に合わないんですけど!」

「無駄が多いのです」

「無駄ってどこがですか?」

「攻撃動作の初動を消す。動作の無駄を省く。或いは相手の虚をついて攻撃する。攻撃は次の動きに繋げ、その場に留まらない」

「はやい! はやいです!」

「それ以前の問題として、体力不足。ホテルの階段を使って屋上まで行って帰ってきてください」

「は、はーい」

「走って」

「はいっ!」


 鬼コーチだな。いや、ゾンビコーチか。


 俺はふたりの組手を、少し離れたところに置かれた椅子に座って眺めていた。

 テーブルにはアイが用意してくれた茶が置いてある。


(魔法使いに接近戦をさせるとは、いやはやユーマの発想には恐れ入る)


「ヤツ」が俺の中で囁いてくる。


「それがナターシャの能力を最大限活かせるからだ。試してみたけど、対象と離れれば離れるほど加熱できる温度が下がる。接触してる時が最大効率なんだから接触できる距離での立ち回りを覚えるしかないだろ」


(正論に聞こえるから怖んじゃが。あのボロ娘は魔法使いじゃろ? 攻撃を食らったら即死しかねん)


「当たらなければどうということはない。そもそもそこまで危険な状況にナターシャを放り込む気はないよ。あいつはうちの大事な風呂焚き担当なんだから」

(くっく、厳しいやら甘いやら)


「黙ってろ」

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