【幕間】

商人は奇妙な街のことを語り伝える


 アタシ――クラリッサは、宿のロビーの椅子に腰かけていた。

 椅子は鉄製の足に背もたれと座面をくっつけただけの簡素なもんだった。ただ、背もたれと座面の張地はりじの素材が見当もつかない。なんだこりゃ。売ったら幾らになるかな、と益体もないことを考える。


 頭の中だけで無意味な皮算用をしながら、アタシは待っていた。

 誰を、ってオッサンに決まっている。


「もうちょっと待っててくださいね」

「ケッ」


 金髪女ナターシャが手を振ってくるのでそっぽを向いて無視。椅子前に倒してバランスを取って遊んだりして時間を潰す。



 どれくらい待っただろうか。

 ひょろひょろした細長い人影が受付の裏手から姿を現した。


 ――やっと出てきやがった。

 機嫌は悪くなさそうだが、難しい顔をしている。


 アタシが声をかける前に、金髪女がこちらを指し示す。


「可愛いあの子がお待ちかねですよ!」


 などとホザいていると、背後から現れたチビ女アイに肘鉄を叩き込まれていた。「あいたぁ」と悶絶している。ざまあみろだ。


「クラリッサ。帰ってなかったのか」

「おう。ちょっとな」

「?」

「用ってほどじゃねーけど、言い忘れてたことがあってよ」

「情報だな」


 オッサンは普段よりもずっと機敏な動きで受付カウンターを通り抜けてアタシの目の前に立った。


「銃を仕入れた街の話なんだけどよ」


 そう切り出すと、オッサンは「場所を変えよう」と言ってアタシを外に連れ出した。



 宿の裏手、パン焼き窯の傍に無造作に置かれている丸太に並んで座る。

 アタシはそこで、この間行った帝国領にある変な街の話をした。水の流れていない堀。狭い道と高い建物。その先に拓かれただだっ広い市場いち。見てきたことをそのまんま伝えた。あと、なんか変だ、と思ったことも。


「なるほど」


 オッサンは何度も何度も「なるほど」を繰り返した。何がなるほどなのかアタシにはさっぱりだったけどな。一通り話し終えて、アタシは尋ねてみる。


「役に立ったか?」

「ああ。いい情報だ」


 そう言いながら銀貨を何枚も握らせてきた。


「は?」

「価値ある情報には金を払う。当然だろ」


 銃は散々値切った癖に。わけわかんねえ。


「――その街には当分近づかないようにしてくれ、クラリッサ。商売は王国内だけでやるんだ。いいな?」


 ひどく真面目に諭してくるので、アタシはうっかり素直に頷いてしまっていた。

 オッサンは今の話で何に思い至ったんだろうか……。

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