第29話 ある日、山の中、冒険者に、出遭った(出遭ったとは言っていない)

 ホテルの周りはある程度整地というか、草むしりくらいはしてある。やったのは骸骨兵スケルトンウォリアーたちである。有難い。


 切り立った崖のこちらと向こうを結ぶ唯一の吊り橋を渡ると、ずっと先まで草が背丈ほどに生い茂っている。俺とナターシャはそんな道なき道をゆっくりと下りていく。道なき道と言ってもここ最近人通りが増えたせいだろう、獣道のように踏み固められた跡が残っていて幾らか歩きやすくなっているようだった。


「スニーカーにしておいてよかったな……」


 流石に革靴はやめて正解だった。

 俺の今日の服装は長袖のシャツにジーンズである。バックパックを背負って、売り払って問題ない鹵獲品を詰められるだけ詰め込んである。この世界の金が――あればだが――手元に欲しいのとだいたいの貨幣価値把握したいのもある。 


 ナターシャも制服ではなくボロ雑巾のようなマントと冒険者用の装備だ。魔法使いのはずが何故か革鎧を装備していて、腰には小さめの杖とナイフが差してあった。


「冒険者の連中はこの獣道を登ってくるのか?」

「そうですね。帰りはユーマさんたちに川に流されるんで下りて行く人は殆どいませんけど」


 何度もトライしてる間に道になるんだから恐ろしいことである。執念深いというべきか、ただの馬鹿というべきか。おかげで歩きやすくなってはいるので冒険者も少しは役に立っていると言えなくもない。が、プラスマイナスで考えると俺の中ではトータルは依然として大マイナスだ。


「この山、野生の動物とかはいるのかね。狼は見たんだが」

「いると思いますよ。たぶんですけどサルとかイノシシとかクマとか。最近は人の行き来が増えたのでこの辺りは避けているんじゃないかと」

「だったら大丈夫か」


 サルはまだしもイノシシやクマはちょっと対処に困る。いやサルも困るが。

 

「ナターシャも川に流されたことあるのか?」

「いえ! 私は昨日がはじめての参加だったので!」

「それは残念だったな。身ぐるみ剥がされて川に流されるとか滅多に体験できないぞ」

「絶対体験したくないです! あと、そのせいで冒険者ギルドであのダンジョン……じゃなかったホテル? の評判滅茶苦茶悪いですからね!」


 冒険者ギルド、ねえ。

 ゲームとかでよくある依頼クエストの斡旋とかそういう組合なんだろうか。


「評判についてはまず誤解を解いてから、だな。ところで次からこの獣道に罠を仕掛けておいてやろうかと思うんだがどうだろう」

「うわ、非道い」

「ホテルをダンジョンと勘違いして攻め込んでくる輩の方が余程非道だと思うんだが」

「た、たしかに」


(ユーマよ)


 珍しく「ヤツ」が声を発した。よく喋るやつだが自分からこうして話しかけてくるのは結構レアケースだ。


「一体なんだ?」

(下から複数、人間の気配が近づいてきておる)

「冒険者か」

(おそらくは)


 助かった。ありがとう。素直に胸中で礼を言っておく。「ヤツ」は俺に礼を言われたのが意外だったのかクネクネしている(ような気配が伝わってくる)。


「ナターシャ、このまま行くと冒険者と鉢合わせする。ちょっと隠れるぞ」

「えっ!? ひゃあっ!」


 俺は前を行くナターシャの首根っこを掴んで、獣道の両脇に生い茂る草むらに飛び込んだのだった。

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