第30話 愚者の愚者たるは己が愚に気付かぬ故也

 早めに草むらに隠れられたのが奏功した。冒険者の連中は俺とナターシャの存在には全く気付かず、呑気にお喋りをしながら獣道を進んでいく。


「それにしてもあのダンジョン、ヤバすぎないか?」

「お前何回目?」

おりゃぁもう三回目だぜ」

「懲りねえなあ」

「お前らもだろ」

「違げえねえ」


 粗野な笑い声が目の前を過ぎていくが、まだ足音は続いている。かなりの人数だ。前回の二十人よりもまだ多いか。どこから湧いてくるんだろうか。


「――そういえば、アンタんとこの駆け出しの女の子、見つかったのか?」


 その声に、隣でナターシャがびくんと背筋を伸ばした。


「ああ、あの魔法使いの子な。知らねえよ」


 彼女の元仲間らしい男は実に軽い口調でなんとも酷い言葉を吐いた。

 隣でナターシャが俯く気配がする。


「ひっでえなあアンタ」

「駆け出しを仲間パーティに入れてやっただけでも温情的だっつーの」

「そりゃそうだぁな」

「今頃骸骨にされてこき使われてんじゃねえか?」


 連中は野卑な笑い声をあげながら当ホテルへと向かっていく。

 いや、従業員として雇用したぞ。

 それと、こき使うのはこれからだ。

 俺は隣の金髪をぽんぽんと撫でてやった。


「よかったなナターシャ、あんな下衆どもから足抜けできて……って泣くなよオイ!」

「うっ、ぐすっ、やっと見つけた仲間だったのに……!」

「あのなあ、連中と一緒にいて使い潰されたかもしれない過去と、俺に雇われてこき使われるとしても快適な部屋で生活できる今と、どっちがいいとナターシャは考えますか?」

「今の方がいいでふ……」

「だったらもう泣くな。いやまあ、今だけは泣いてもいいけど。あのな、連中はどうせこのあとまた身ぐるみ剥がされて川下りコースなんだぞ。だからあんな馬鹿どものことを引きずるのはやめときな。な?」


 冗談めかして言いながら頭を撫で続けていると、ようやく泣き止んだナターシャが上目遣いで問うてくる。


「……ホテル、大丈夫なんですか?」

「アイと骸骨兵スケルトンウォリアーがいるから問題ない」

「アイさんってあの小さい子ですよね」

「そうだよ。あの子がウチで最強だ。アイがやられるなんてことはありえない」

「そうなんですか!?」


(真の最強は儂じゃがのう)


 お前は黙ってろ。


(ふん。小娘アイには警報を飛ばしておいてやったわ。今日は橋すら渡れんかもしれんな)


「ヤツ」が意地悪く笑う。

 だが、俺も全く同感だ。今日のアイは気合い入ってるだろうから。俺の不在時にミスは絶対しないはずだ。するわけにはいかないと考えているだろう。別にいいのに。


「ま、心配しなくても圧勝だよ。――あ、そうだ。この草むらに骸骨兵スケルトンウォリアー配置して警戒線引くのは有りだな。で、もうちょい上にはロープとか落とし穴とかの罠を張り巡らして、それから……」


 ククク、と陰湿に笑っていると何故か怯えた目をしたナターシャが俺の袖をちょこんと摘まんできた。


「私、ユーマさん側で良かったってしみじみ思ってます、今」

「そう? そいつはなによりだ。良かった良かった。」

「あ、あはは」


 そう思ってくれるなら大いに結構である。

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