第15話 「冒険者」とかけまして「巻藁が上手く切れない居合の達人」とときます

「支配人、お下がりください」

「おう」


 俺はフロントカウンターギリギリまで後退した。

 と、同時。

 無表情のアイは眉ひとつ動かさず、三人組に向かって無造作に踏み込んだ。

 軽装の男が反射的に動く。ナイフが閃く。それでもアイは一切動じない。腕で防御する。ナイフがアイの腕を切り裂く。が、出血はしなかった。


「んなっ!?」


 動揺したのは軽装の男の方だった。アイは斬られた方の腕を振って、目潰し。人差し指と薬指が男の目を的確に突いた。顔を覆って呻く男の股間を、容赦なく蹴り上げた。えげつない。つられて俺の股間もひゅっ、となった。


「ひとつ」


 小さく呟いたアイは、次の標的をボロ布の男に決めたようだった。

 男の手に持つ杖の先に光が灯っている。


(魔法を使うつもりじゃ。詠唱を止めさせた方がよいぞ)


 今まで静観していた「ヤツ」が教えてくれる。

 なるほど、と思った俺が声をかけるよりも、しかしアイの方が遥かに速かった。一瞬で間合いを詰め、手刀を喉笛に叩き込み詠唱を潰す。外敵に対する慈悲などアイは持ち合わせていないようだった。

 

「ふたつ」

「くらえっ!」


 最後のひとり――鎧の男が放った背後からの斬撃を、アイはくるりと身をひるがえして回避。そのまま器用にもう半回転し、背後を取り返す。そして腎臓打ちキドニーブロー。これはエグい。


「…………うわ」


 俺は絶句するしかなかった。目突き、金的蹴り、喉突き、腎臓打ち。アイの攻撃は格闘技でいえば禁じ手のオンパレードだった。相手の得物は刃物に魔法。命の取り合いで反則も何もないが、可愛い少女がやっているのをみると大変に怖い。良かった。アイが味方で本当に良かった。


 鎧の男はまだ剣を捨てていない。体勢を立て直し再度の斬撃。けれど先程よりも遅い。アイは拳を突き出す。剣と拳。普通なら剣が勝つ。それでもアイは打ち勝った。アイの狙いは剣を握っている指だったのだ。骨の折れる乾いた音。剣がすっぽ抜け飛んでいく。剣がロビーの調度品に激突するのとアイが引き寄せた鎧の男の顎に肘を叩き込むのがほぼ同時。


「みっつ。――支配人、外敵の無力化を達成いたしました。如何なさいますか?」

「ありがとうアイ。助かった」

「はい」

「この世界の文化レベルを知りたいし、二度と来る気がなくなるように身ぐるみ剥がして川にでも流そうか。手隙の骸骨兵スケルトンウォリアーにやらせといてくれ」

「かしこまりました、支配人」

「殺されないだけ有難いと思って欲しいが」


 ――異世界生活2日目、俺は生きた異世界人と最初の接触の機会を得た。接触と言うか襲撃だが。異世界ってなんだ? 修羅の国か? いや、異世界というより冒険者という人種に問題があるだろうのか?


 えー、整いました。

「冒険者」とかけまして「巻藁まきわらが上手く切れない居合の達人」ととく。

 その心は「どちらもタチが悪いでしょう」だ。くそっ。

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