第一章 桜散る季節の再会(二)
「もしもし。神崎古道具店の神崎直人ですが……」
『よぉ直。久しぶり』
「おー、与吉か。ちょうど良かった」
店に帰ってきた俺と弓削は分かれて作業をしていた。弓削は家の一室で柱に札を貼ったりと、術の準備をしている。一方俺は弓削に言われたとおり仕事関係の友人知人に電話をかけまくっている。ちなみに与吉は骨董店の丁稚である。
「いや、実は探してるものがあるんだけど」
『ん? 何だ?』
与吉は俺の知る中で一番の情報通だ。特に高価な物がどこで売り買いされたかに関しては、本当に見てきたんじゃないか? と、疑いたくなるほど詳しい。
「雛人形。かなりの高級品のはずだ」
『うーん……最近かい?』
「ああ、二、三日中のはずだ」
『ちょっと待ってくれよ』
大人しく待っているとカサカサと紙が擦れる音がしてきた。
『あぁ、分かった。坂田さんとこだ』
「げ、坂田んとこ?」
それは最悪一歩手前の答えだった。もちろん最悪なのは『知らない』という答えなのだが、手に入りにくいという点では与吉の答えもいい勝負だ。何故ならその坂田の店というのが、俺のとことはじいさんの代から仲が悪いのだ。
「うー……お前んとこに仲裁頼めないかな……?」
俺は必死の思いでそう問うたが、与吉の答えはあくまでも冷静だった。
『それは無理だって。俺、一介の丁稚だし』
「分かった。がんばってみる。お礼になんか奢るわ」
『いや、いいよ。このぐらいなんでもないから』
「そんなこと言わずに奢られとけ。じゃあな」
電話を切ってから俺は一人呟いた。
「与吉。お前って本当にいい奴だなぁ」
何せ今部屋で準備中の弓削は、元同級生の命の危険を救うのに『金をよこせ』と言っているのだから。そして今から電話する相手は用件を話す前にけんもほろろに電話を切られそうなのだから。
考えても仕方がないので、とりあえず受話器を取り電話をかける。
『はい。こちら坂田骨董店でございます』
「神崎古道具店の神崎直人と申しますが、彰彦さんはいっらしゃいますか?」
『少々お待ちください』
その丁稚は俺の家と坂田の家の不仲を知らなかったらしく、とりあえず取り次ぎはしてくれた。そう、ほっとしていると、
『何の用だ?』
と、極めて不機嫌な声が聞こえてきた。とりあえず用件を話す機会は得られた。この坂田彰彦というのは俺と同じで坂田骨董品店の跡取り息子である。
「最近、高価な雛人形手に入れただろ? それ、売ってくれ」
単刀直入に用件を述べる。すると予想通り、
『雛人形……? 何のことだ?』
と、
「惚けたって無駄だぜ。何せ与吉に聞いたから」
どっちかというと悪役の台詞であるような気がしなくもないが、気にしないことにする。
『まぁ、あったとしてもこんな貴重品をそっちに売るつもりもないな。お前のところが相手だと買い叩かれるのがおちだ』
ばれているのは予想していたらしく、冷静にそう切り返してくる。そこで俺は爆弾を放った。
「そうは言っても、俺の他に買い手がつかないと思うぞ」
そこで、一度言葉を切った。坂田は何も言ってこない。なるほど。このことはばれてないと思っていたらしい。俺は意気揚々と言葉を続けた。
「女雛、ないだろ」
『………何でそのことを知っている?』
その一瞬の沈黙の間にあの冷静な坂田がどれっだけ呆けた顔をしていたか想像すると、この時ほど坂田と電話越しに話しているのが惜しいと思ったことはなかった。
「まぁ………特殊情報網? とりあえず与吉じゃないから」
『当然だ。そのことは誰にも漏らしていない。仕方ない、売ってやろう。ただし買い叩かせはしない』
と、いうわけで次は値段交渉に入った。
* * * *
「弓削ー。買って来たぞ」
結局、値段交渉は痛み分けだった。
現品を引き取りに行って、弓削がいる部屋に入ると……
「あ、早かったね。こっちも今終わったとこだよ」
畳の上になんか変な柄が描いてある紙が敷いてあり、柱には札が貼ってある。部屋の中心に雛人形が置いてあった。
「……お前、これちゃんと片付けて帰れよ」
「えー、面倒くさい」
弓削があっさりとそんなことを言うので思わず溜息をつく。頭痛が増したような気がした。
「で、俺の頭痛はいつになったら治るんだよ」
「まぁまぁ、そう焦らないで。ちょっとここ座って」
弓削が指差した部屋の隅に大人しく座る。すると弓削がおもむろに近づいて来て……
「えい」
「こら、何しやがる」
俺の額にいきなり札を貼ってきやがった。
「しー。ちょっと黙っててね」
目を瞑って、札の上に二本指を押し当て、口の中でぼそぼそと呪文のようなものを唱える。小さいだけじゃなくて聞きなれない言葉は全く聞き取れなかった。
「ほら、出てきてごらん?」
目を開けて、俺ではない誰かに微笑みかけて優しく言った。そのとたんふっと頭痛が抜けていき、同時に肩が軽くなる。弓削の目線の先、俺の頭上を見ると(札のせいで視界が狭かったが)髪が長く、十二単を着た女の人が透けて見えた。
「なっ……弓削! これ、お化け?」
「だから黙っててって言っただろ。お化けじゃなくて付喪神」
言われて見ればあの雛人形と同じ顔をしているような気がする。もっともあんなゴテゴテの正装ではなく、もっと平安時代の普段着っぽい。そんな姿をした彼女は何故か酷く苦しそうな表情をしている。弓削は黙って紙を人型に切ったもので彼女の額を撫で、同じように人形も撫でる。その二枚の人型を別の紙で包み、懐に押し込んだ。
「気分はどうですか?」
「ええ、良くなりました。本当にありがとうございます」
彼女は俺の隣に正座して、弓削に向かって深々とお辞儀した。
「……弓削。状況が全く分かんねぇんだけど……?」
「分かんなくても頭痛治ったろ? それならいいじゃん」
さっき彼女に問いかけた時とは正反対の素っ気無さで答え、俺の額に貼ってある札を乱暴に剥がす。何で女に対するときと俺に対するときじゃこんなに態度が違うんだ? ……このスケコマシめ。
「よくない。気になる」
「僕だって詳しいことは分かんないよ。ただ神崎に会ったときに何か知らないけど本来物に憑いてる筈の付喪神が神崎に憑いてて、その付喪神に何か人の恨みみたいなのが纏わりついてるな……って思っただけ」
……つまりこいつは見ただけで解決したのか。
「だったら何でわざわざこんな準備が必要だったんだ?」
「だからわざわざ付喪神を神崎に見せてあげるためだよ。そうしないと納得しなかっただろ?」
まぁ、確かに。だが、それはともかく。
「ところで、何でこんなことになったんだ? 理由が分からないとこっちも売りに出しにくいんだけど」
そう、付喪神の彼女に尋ねた。曰くつきの品ならそれ相応の売り方があるのだ。
彼女は俺の問いかけに怯えたように弓削の後ろに隠れた。
「駄目だよ神崎。そんな乱暴な訊き方したら、史香さんに嫌われちゃうよー」
ニヤニヤと笑いながら言ってくる。
「今、史香さんは関係ねぇだろ。じゃあ、見本見せてみろよ」
「了解。もし良かったら貴女が知っている事のあらましを教えていただけませんか? 思い出すのも辛いことだとは分かっているんですが、どうかお願いします」
安心させるように微笑み、舌を噛みそうな言い回しを使う。彼女は小さく口を開いた。
「私は、盗まれたんです。満月の晩でした。その時、私を盗んだ人は人を殺しました。まだ、年若い女の方でした」
「それってもしかして……」
俺は思わず小さく呟き、弓削に睨まれた。だが、彼女が語っているのは恐らく一週間前の華族の屋敷に入った強盗の話だろう。
「私も初めは他の品物などと売り飛ばされる予定だったようですが、私を盗んだ人が高熱で倒れたためその予定は変わったのです。盗賊の一人にこちらの方と同じような能力がある方がいて、その高熱は殺された娘さんの恨みだと分かりました。それで私は……恨みを払う依代に使われ、あの人と引き離されたのです」
「なるほど……『雛人形』ってわけだ」
弓削は何かにしきりに納得しているらしいが、俺には何を納得しているのかがさっぱりわからない。
「流し雛って知ってる?」
珍しく素直に教える気になったらしい弓削が問いかけてくる。流し雛ぐらいは知っていた。あの、穢れを人形に移して川に流して無病息災を祈るやつだろう? 確か雛祭りの元になった。
「その通り。その由来を知っていて雛人形を依代に使ったんだろうよ」
恨みをこの雛人形に押し付けて流したってわけらしい。
「お願いします。あの人の居場所を探してください」
「あ、ごめん忘れてた。神崎、あれ」
「はいはい」
俺は廊下に出て坂田から買ってきたものを一式包みから出す。
「で、これが『あの人』かな?」
そう男雛を出した瞬間、彼女の表情がパッと輝いた。そして視線の先にある男雛からふっと何かが浮かび上がる。その光景に思わず頬が引きつった。さっき彼女を見たときも相当驚いたが、出てくる瞬間というのは、また格別だった。
二人は仲睦まじい様子で手を取り合い、弓削に向かって一礼すると人形へと返っていった。
「……ねぇ神崎」
「何だ?」
さっき人型を包んだ紙を手に、弓削が珍しく深刻な顔をしている。
「これ、家族に返すべきだと思う? それとも神社で御払いかな? もしくはお寺で供養?」
「んなこと俺に訊くなっ。専門外だ専門外」
俺はともかく弓削にその包みを懐に入れさせ、後片付けを始めた。
「これ、もう売りに出しても大丈夫なのか?」
が、よく考えたら付喪神ってのは持ち主に悪さをすると聞いたことがあるような気がする。
「大丈夫だと思うよ。穢れについてはきちんと祓ったし、付喪神は悪さするような人に見えなかっただろ? それに付喪神は基本的に、大切にしてたら持ち主に幸福をもたらすんだよ。確か。家族の持ち物なら間違いなく物はいいから売っちゃいなよ。そうそう。雛人形の売り出し先、心当たりがあるんだけど」
「ん。値段次第だな。それよりお前俺の依頼内容だけじゃなくて、この雛人形の願いもかなえてやったんだな。意外」
「んー?」
弓削はそう目を泳がせて、ちょっと口の端を歪めるようにして笑った。
「神埼見たときに憑いてるのは『美人だな』って直感して。やっぱり美人さんだったら助けてあげたいし」
「前言撤回。やっぱりただの女たらしじゃねえか」
* * * *
「こんにちはー。神崎古道具店ですー」
「わざわざお届けありがとうございます」
結局、雛人形は弓削の推薦した史香さんの手に渡った。それについては俺も賛成で、じいさんと言ってた価格を多少下回りはしたが後悔はしていない。
「神崎ー。今暇だったら寄ってかない?」
「まぁ、いいけど」
そして雛人形を届けに来たついでに、意を決して史香さんをお茶にでも誘おうと思っていたのを弓削に邪魔されたのであった。……まぁ今日でなくてもいいか。
「と、いうわけで神崎のおかげで晴れてここに住めるようになりました」
「そりゃおめでと」
「つきましては、今後のことなんですが……」
「今後?」
「そうそう」
弓削はにやーと嫌な笑みを浮かべている。……嫌な予感がする。
「今後も怪奇現象が起こったら、僕に相談してね。有料だけど」
「……もう少し安くしてくれ」
なにせ今回の事件の依頼料は当然の事ながら完全自腹で、正直かなり痛かった。今月は足が出そうな勢いだ。今後もこいつに依頼することはできる限り、是が非でも避けたい。
「まぁそういわずにさ。あの店古いし、神崎って迂闊だから絶対巻き込まれると思うんだよね」
「不吉なこと言うな!」
「今後もよろしく」
弓削は人当たりのいい笑みを浮かべてそう言った。が、そういうのが効くのは、こいつのことをよく知らない女の子ぐらいだ。勘弁してくれ。
どうかこの腐れ縁が早々に断ち切られますように!
「第一章 桜散る季節の再会」了
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