バイト先の小町先輩はなかなか俺を帰らしてくれない
浜辺くん
第1話
俺には最近悩みがある。
まぁ……なんだ、悩みといってもそんなに気難しい話でもないし、何なら凄くしょうもない。
最近の俺は睡眠時間がもの凄く少ないのだ。一日四時間寝られれば良い方だろうか。
社会人にもなれば四時間寝られれば充分という人もいるだろうけど、高校生の俺からしてみれば足りない。明らかに足りない!
俺はできれば一日七時間は寝たい。寝るのは大好きだ。
そんな俺が何故四時間しか眠れないのかと言うと、それはバイト先に厄介な先輩がいるからだ。
「あ!
あぁ、今日も帰らせてもらえないらしい。
この先輩――
なんとなくだ、求人誌の最初に載っていたコンビニに俺は電話を掛けただけだった。
面接は軽く突破、その次の日から新人としてレジに入る。最初は先輩の横に付いて袋詰めなどの手伝いから始まった。
……そう、何を隠そう、この時俺の横に付いてくれた先輩が、後の悩みの元凶になる小町先輩だった。
「君が新人君か! 私は
「あ、はい、金城です。よろしくお願いします」
これが俺と小町先輩のファーストコンタクトである。
それから仕事を教えてもらって、わりかし良好な関係を築けていた。
「金城君! 今日バイト上がったら少し事務所で待ってて!」
「……? まぁ、いいですけど」
バイトも上がりの時間になり、他の従業員に会釈をして帰ろうとした俺を小町先輩が呼び止めた。
……ここが人生において一番の失敗だったと言える。
この時断っていれば、なんてタラレバは今言ってももう遅い。
「金城君、私はしてみたいことがあるの」
小町先輩が珍しく深刻そうな顔をして俺を見つめる。
「どうしたんですか急に。俺に相談しても何も変わらないと思いますけど、一応聞いときます」
「私はポッキーゲームがしたい」
「……は?」
うん、……は?
俺は先輩が何を打ち明けたのか理解できず、言葉が出てこなかった。
「だから! ポッキーゲームがしたいの! この前友達が合コンでしてる動画見て、なんだかしたくなったの!」
「いや、そんなこと言われても、まずポッキーがないですし、何で俺と先輩がポッキーゲームをするんですか」
「ふっふーん! なんと! ここにポッキーは用意してあります! それに、こんなこと金城君にしか頼めないもん」
そう言って先輩は下を向いてモジモジし始める。
くっ……悔しいけど、先輩の容姿は整いすぎてこんな動きですら絵になる。
「はぁ……。口が当たっても知りませんよ」
「その前に私が噛み折るよ!」
「それじゃやる意味がないでしょうが!」
「ふぇ!? そうなの?」
先輩は本当に不思議そうに首を傾げた。マジで可愛い。
「ルール知らないでやろうとしたんですか……。このゲームは所謂チキンレースです。お互いに交互に左右の両端からポッキーを齧って、どんどん近づく相手の顔や唇を前にポッキーを折らずに居れるか。そういったゲームです」
「へぇ……。金城君は物知りだね!」
「まぁ一時期ブームになってましたしね。逆に知らない先輩の方が珍しいです。人間国宝です」
このゲームは全国の陽キャ達がSNSに馬鹿みたいに動画を投下していた。そのせいか、このゲームに縁のない俺みたいな陰キャでさえ、細かなルールを理解しているほどだ。
「ま、まぁとりあえず! やろうよ、ポッキーゲーム」
「いいですけど……。じゃあ、はい、逆咥えてくだふぁい」
俺は先輩が持ってきたポッキーから一本手に取って口に咥えてから先輩に向ける。
「こ、これを咥えたらいいんだよね……。結構恥ずいかも……」
「ふぁやくしてくだふぁい」
俺は急かすように先輩にポッキーを突き出す。
先輩は少し躊躇った後、「えいっ!」って可愛い声を出しながら逆側の先端を加える。
「…………」
「…………かりっ」
咥えてから微動だにしない先輩に代わって、俺はポッキーを噛み進める。
「む……、わらひも……かりっ」
「…………かりっ」
「むむむ…………かりっ」
俺達は無言で自らの目の前にあるポッキーを齧っていく。事務所の狭い部屋の中で、ポッキーから発せられる音だけが響き、それがより一層俺達の羞恥を煽る。
「ぽりっ……ぽりっ……んっ」
「かりっ…………っ!!」
ポッキーを咥え始めてから約五分、俺達は遂に最後の難関地点に到達した。
数ミリ先には先輩の柔らかそうな小さな唇。あと一回でも齧れば、先輩の唇に俺は触れてしまう。先輩もそれに気づいたのか、ポッキーを齧る口が止まっていた。
「むむむ! むむむむ!」
なんだって? 早く食べてよだと!?
この女…………全責任を俺に押し付ける気満々じゃねぇか。
「もうふぃりまふぇんからね」
「む!」
俺が最後の一口を食べようとする。
「…………やっぱ無理!!」
先輩が顔を思いっきり振って、ポッキーを真ん中で折った。
「先輩、そりゃないでしょ」
「だって……ち、近くで見た君がカッコよすぎるから……」
「え? 何か言いました?」
「何もない! もう私は帰ります! お疲れ金城君!」
先輩は自分の荷物をひったくるように持って、もの凄い勢いで事務所を去っていった。
「……先輩、耳まで真っ赤っすよ」
俺はそう呟いて時計を見る。バイトを終えたのが二十一時半、現在時刻二十二時半。
今日も先輩のせいで俺の帰りは遅くなったようだ。
だけれど…………。
「今日は可愛い先輩見れたし、得……したのかな」
また明日も先輩に会えるかな、なんて思っているのは絶対にバレたらいけないな。
そう感じた一日だった。
帰り道の足取りは、少し軽かった。
バイト先の小町先輩はなかなか俺を帰らしてくれない 浜辺くん @Hamabekun09
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