空を飛べる人と、飛べない人。

和泉ほずみ/Waizumi Hozumi

空を飛べる人と、飛べない人。

落ちる。


堕ちる。


墜ちる。


なぜ?


なぜ、私は下降しているのか。


しかしその疑問が疑問であった期間は短かった。


理解したいことがすぐに理解できる。


私は今まさに完遂させようとしている。


なにを?


自殺。飛び降り自殺だ。


では、それはなぜか。


それもいまに理解できる。


理解できるのだと、今、理解した。




私の名前は勅使河原亜梨沙。


てしがわらありさ、15歳。


これも、理解したいと思ったから理解できた。


あと理解したいことといえば、そうだな。


ホワイ。


なぜ、私は高層ビル《都内の某所と理解》から身を投げたのか。


私の人生。勅使河原亜梨沙の、人生。




声が聞こえる。遠くから、近くから。微かに、それでいてハッキリと。




「なんで生きてんの?」「生きろ」「早く死ねばいいのに」「生きろ」「学校来んなよ」「生きろ」「亜梨沙菌じゃん」「生きろ」「服脱ぎなよ」「生きろ」「土、食えよ」「イキロ」「死ねよ」「イキロ」「死ね」「イキロ」「シネ!」




「生きろ、亜梨沙!」




フー。


私は声の主について、理解したいと思った。


池田渚。父。濱口啓太。父。日野卓也。父。須藤亜美。父。山中光里。父。冨永雪菜。父。近藤花鈴。父。丸山菜乃花。父。浅野優輝。


そして、父。




私は死を願った。そして、今、実行している。


落ちて、堕ちて、墜ちて…。




私は全てを理解したいと思った。私に起きた不幸の全てを、理解したいと思った。


そして、理解した。




ハウ。


地面まであとどのくらいだろうか。私はそれを理解したいと思った。


あと248字、思考を綴れば、終わる。


私の人生は閉幕する。


後悔は無いのか。


私はそれを理解したいと思った。


後悔は無い。


どうやら15歳の私は、享年15歳で満足らしい。


私、勅使河原亜梨沙は、死ぬ。


それは決まっている。


ふと耳に手をやった。


15回目の誕生日に父から貰ったBluetoothのイヤホン。


落ちることなく両の耳の穴に収まっている。


そこから唐突に流れた曲。


この曲名を理解したいと思った。


この曲名。


この曲の名前は。


それを理解する前に、理解したことがある。




"勅使河原亜梨沙"は死亡した。




「お名前言えますか。」




ここは…。




「生年月日は?」




ここは、病院?夢オチなのか?全て、夢?




「あの。」




なにかの施設の、カプセルホテルにあるようなベッドに横たわっている。私は理解したいと思った。状況を理解したいと思ったが、何一つ理解できない。




白衣を着た若い女性「お名前と生年月日…ああ、言えませんよね。」




勅使河原亜梨沙 (?)「…?」




女性「あなたの名前は、濱口啓二。濱口さんです。生年月日は、20××生まれの8月11日。」




濱口啓二「…。」




女性「覚えてませんか?精神科カウンセラーの適正試験中だったんですよ。で、今最終試験が終わりました。まあ試験というよりは…。」




濱口「ああ、今思い出しましたよ。自殺者の思考を体験するんでしたよね。心理カウンセラーは人の痛みを理解できなくてはなりません。だから、これは必要なことですよね。」




女性「その通り。で、どうでしたか?」




濱口「さ…。」




女性「ん?」




濱口「最近の技術は凄いですね。…。少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」




…。




濱口「…交響曲第9番、"新世界より"...。」




……………。……………。




勅使河原「何人目だ。」




女性 (助手)「3人目ですかね。」




勅使河原「自殺者を減らすための研究で、自殺者が3人か、皮肉な話だな。」




助手「あの方は大丈夫でしょうか。」




勅使河原「ああ、濱口さん?まあ、なんとも言えないな。」




十代の自殺者は年々増えている。死にたがる人間と、死にたがらない人間。死ねる人間と、死ねない人間。その差はなんだろうか。


分かるはずがないだろう。いや、分かってはならないのだ。



そうだ、こんなことは間違っている。間違っているのだが、退っ引きならないのだ。




勅使河原亜梨沙は、7年前に投身自殺を図り、完遂させた。


私は、彼女が遺した日記を元に、この、"自殺体験プログラム"を開発した。


そして、人が、死んだ。


私は娘だけでは飽き足らず、更に3人も殺したのだ。



誰か私を罰してはくれないのか。


誰か私を殺してはくれないのか。




私の名前は勅使河原篤巳。


勅使河原亜梨沙の、父親だ。




助手「あ、鍵開いてますよ。入ってきてください。いえいえそんなことありませんって。貴方は立派です。なんたって、"人の痛みが分かる方"ですからね。」

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空を飛べる人と、飛べない人。 和泉ほずみ/Waizumi Hozumi @Sapelotte08

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