「在りし日の憧憬」
ふと、目が覚めた。
枕元の置き時計を見る。深夜0時半。小学生の権助にとっては、大晦日以外には見ることのない時刻だった。
父母は離れた寝室でとうに寝静まっている。台所から、冷蔵庫のブウンと低い音だけが重く響いてくる。もう一度、布団に潜って目を瞑る。
「………………」
……眠れない。妙に目が冴えてしまっている。布団から上半身を起こし、お下がりの14インチテレビの電源を点ける。夜の不気味な静けさを少しでも紛らわせたかったからだ。画面にカラーバーが映る。ガチャガチャとチャンネルのダイヤルを回す。また、カラーバー。昭和と平成の境目にあたるこの時代には、まだ深夜番組というものはほとんど無かった。
ガチャリ。権助の手が止まる。滲んだ画面に、銃を構えたスーツ姿の外国人が映った。目まぐるしい銃撃戦。激しい大乱闘。悪人が撃ったバズーカ砲の弾を、タンクローリーが片輪走行で華麗に躱す。そして起きる大爆発。いつもテレビで見ているものとは、明らかにスケールが違う。その映像が終わると、女性ナレーターが落ち着いたトーンで読み上げた。
「『007/消されたライセンス』は、ご覧の劇場で近日ロードショー」
"梅田 梅田スカラ座"
"なんば 南街スカラ座"
無機質な青い背景に、白抜きのゴシック体で書かれた映画館の名前。スカラ座……言葉の意味は分からない。けれど、分からないものにはドキドキする。そこに行けば、こんなにすごいものが見られるのか。
"梅田ピカデリー"
"千日前国際劇場"
"道頓堀東映パラス"
"天六ホクテンザ"
"テアトル梅田"
ひとつ予告編が終わる度に、見たことのない映画館の名前が映し出される。自分の知らない、ワクワクする世界がそこにはきっとある。番組が終わり、テレビ画面がまたカラーバーを映し出しても、胸の鼓動は収まらなかった。そのドキドキを抱えたまま、もう一度布団に潜った。
ああ、いつか、大人になったら行ってみたいなぁ……。
-おしまい-
グッバイ、映画館! 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA
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