「シアタス心斎橋」

 2021年8月。


 大阪メトロ・心斎橋駅の改札を出るとゴジラの立像が出迎えてくれる。地下で直結している心斎橋パルコの入口である。


「消毒と検温をお願いします」


(セルフではなく、きちんとスタッフを配置して呼びかけている。さすが最新の施設だけあってコロナ対策も万全だな)


 心斎橋パルコは大丸心斎橋店を改装して作られた、昨年11月にオープンしたばかりの商業施設である。ファッション、雑貨にキャラクターストアと様々な若者向けショップが入っているが、エレベーターに乗り込んだ私はそれらを無視して迷わず12階のボタンを押した。しばらくして扉が開くと、モノクロを基調とした開かれたロビーへ出た。半年ほど前にオープンしたばかりの映画館、シアタス心斎橋である。


「お、随分と雰囲気が違うぞ」


 比較対象としたのはイオンシネマである。実はこのシアタス心斎橋、名前は違えどイオンシネマ系列の映画館なのだ。イオンシネマと言えば、かつてはワーナー・マイカル・シネマズとして郊外のジャスコとセットで営業していることが多く、客層は地元の親子連れが中心だった。それはイオンシネマに生まれ変わっても変わらず、今なおファミリー向け映画を軸とした番組編成で親しみやすいイメージを形成している。


 だが、このシアタス心斎橋は一味違う。床はカーペットを廃してピカピカに磨かれているし、壁にベタベタと新作映画のポスターを貼ったりもしない。無駄を排除したオシャレな空間デザインは、若者が集まる心斎橋という土地に合わせて見事にカスタマイズされている。


「とはいえ、手続きは共通だ」


 見慣れた券売機を操作してチケットを購入する。今日観る映画は……。


「『明日に向かって笑え!』……うーん、もう少し良い邦題は無かったのか? これじゃ内容が全然想像できないし、『明日に向って撃て!』のもじりとしても送り仮名が違っていて中途半端だ」


 とグチグチ言ってはみるものの、実際に作品を観てみなければ良し悪しはわからない。まして普段あまり見ることのないアルゼンチン映画であれば尚更だ。


「ええと、2番スクリーンは右か」


 入口は前方と左右の3箇所に分かれている。パルコのワンフロアという限られた敷地で6つもの劇場を稼働させるための工夫だろう。各入口前にはチケットのQRコードを読み取る装置が設置されており、スタッフによるもぎりが必要ない仕組みとなっている。


 入場し、後方から劇場全体を見渡す。


(へえ、ちょっと変わった作りだな)


 スクリーンの大きさや収容人数はミニシアターレベル。特徴的なのは座席で、横一列に連結されている一般的な映画館とは違い、座席ひとつひとつがパーテーションによって区切られて独立している。


(なるほど。前後の傾斜はあまり無いが、椅子のリクライニングが深めで銀幕も高い場所に設置されているから、前の人の頭でスクリーンが遮られることはなさそうだ)


 それにしても気になるのは……より立派なパーテーションに区切られた最前列の座席である。少し腰を浮かせて覗いてみる。と、そこにあったのは椅子というよりはベッドであった。これが寝転びながら映画を楽しめる特等席「コンフォートシート」だ。


(快適そうではあるが、もし退屈な映画だったら眠ってしまいそうだな……)


 この他にも千円の追加料金で利用できる最後列の「ハイグレードシート」や、座席数わずか9席の「グランシアター」(料金なんと四千円!)など、様々な鑑賞法を選べるのがこの劇場の最大の個性である。


(さて、面白い作品だといいが……)


 灯りが落とされ、いざ映画の世界へ……。


※ ※ ※


(いやあ、こういう映画を上映するとは意外だった)


 ゆったりとした背もたれに体を預けて余韻に浸る。フワッとした邦題からは想像できない、負け犬たちの金庫破りストーリー。オヤジたちが人生を取り戻すために必死に戦う泥臭い『オーシャンズ11』のような本作は、ファミリー向けのイオンシネマでは上映しないタイプの作品だ。


(配給会社の垣根を超えた複数スクリーンを持つ映画館ならではの多様性ある上映……これこそが、私が当初期待していたシネコンの姿だ)


 現実のシネコンでは人気作ばかりを複数スクリーンに跨がって上映することが多々あるだけに、こうして個性を前面に出した映画館が新たに生まれたことは実に喜ばしいことだ。


 素晴らしい映画体験に満足した私は足取り軽くシアタス心斎橋を後にし……外に出たところで気が付いた。


「あれ? そういえば、入口から出口まで誰とも話さなかったな」


 なるほど、これがコロナ時代の映画館か。


-おしまい-

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