外伝「2021年のレンタルビデオショップにて」

「ん?」


 仕事帰り、胸ポケットのスマホが震えた。通知の主はレンタルビデオショップのアプリだった。


「新作割引キャンペーンのお知らせか。そういえば、近所の店にも長いこと顔を出してないな」


 ここ数年、自宅での映画観賞はもっぱら配信サービスに頼っている。いちいち返却する手間がないのは本当に便利だ。


「……とはいえ、配信されていない作品もたくさんある。店が潰れても困るし、たまには寄ってみるか」


※ ※ ※


 国道沿いにひっそりと建つレンタルビデオショップ。かつては個人経営の店だったが、何度かオーナーが代わり、今は大手のチェーン店だ。


 自動ドアを通り、ふと抱く違和感。いつもの「いらっしゃいませー」の声が聞こえてこないからだ。


(コロナ対策か)


 壁にデカデカと貼り出された「新作100円!」と書かれたポスターが目に入る。


(安いな)


 レンタルビデオショップができたばかりの頃は、入会費に加えて一本400円ぐらいは払っていた。あのバブル景気の頃に比べれば、随分とお手軽な娯楽になったものだ。


「さて……」


 新作コーナーを物色する。


(『透明人間』、『ランボー ラスト・ブラッド』、『ソニック・ザ・ムービー』……なんだ、映画館で観たやつばっかりだな)


 他に何か無いのかと、並んだ作品を順番に調べていくものの、どれも鑑賞済みのものばかり。いや、私が映画館でなんでもかんでも観ているわけではない。単純に新作の数が少ないのだ。


(……ああ、そういう時期なのか)


 今ここに並んでいるのは、主に2020年の春から夏にかけて公開された作品である。この頃から新型コロナウイルスが本格的に蔓延し、洋画を中心に公開延期が相次いだ。新作が公開されなくなったことによるダメージが、半年遅れでレンタルビデオショップにもやってきたのである。


(それで、こんな赤字覚悟のキャンペーンをやってるわけか……)


 同情の気持ちもあり、新作以外のコーナーへも足を向ける。


(ほう……)


 棚にびっしりと詰め込まれたパッケージを眺めながら、時折、気になったタイトルを手に取る。


 いつの間にかDVDが発売されていた旧作。毎年のようにパチモンがリリースされ続けるアルマゲドン。意外な掘り出し物が見つかるレンタル落ちDVDのワゴンセール。


 ……楽しい。意外と退屈しない。


 思えば、子供の頃からこうやってレンタルビデオショップを探索するのは好きだった。数え切れないほどの映画が並ぶ棚は、多くの財宝が眠る宝島だ。好きなアニメや特撮のコーナーはもちろん、そこへ行き着くまでに現れる、テレビでは放送できないエログロナンセンスな作品たちですら、恐怖と共に好奇心をそそられた。傑作・名作から駄作・珍作までもが一緒くたに陳列されたレンタルビデオショップは、私にとって未知の世界と出会える場所だった。


(今はネットですぐに作品の評判が聞こえてくる時代だが、あの頃、手探りで自分のお気に入り作品を探す楽しみをくれたのはこういう店だったな)


 そう思いつつも、結局手にしたのは以前から観たいと思っていた作品ばかりだった。


(何も知らなかった頃には、もう戻れないからな)


 一抹の寂しさを覚えてレジへ向かっていると、その脇を小さな男の子が走り抜けていった。つい目で追いかけると、興奮した様子で特撮番組の棚を見上げている。


「お母さん! はやく!」


 やれやれとノンビリあとをついてくる母親を、飛び跳ねながら急かす。


「そんなに急がなくても無くならないでしょ」


 追いついた母親が棚の上段から一枚のDVDを取り出して男の子に手渡すと、彼の目が輝いた。


 次の世代にとっての宝島が、なるだけ長くありますように。そう願いつつ、私は店を出たのだった。


-おわり-

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