「シネマート心斎橋」

 2021年7月。


「いつ来ても賑やかな街だな」

 グリコの看板でおなじみの道頓堀から少し離れたところにあるアメリカ村は、昔から若者の街として有名だ。派手な店が立ち並び、中心にある三角公園にはいつもスケボーに乗った若者たちが集まっている。そんなアメ村の入口にひときわ目立つ建物があった。


 心斎橋ビッグステップ。


 地下2階から地上7階までの豪快な吹き抜けが特徴的なその建物は、飲食店やアパレルだけでなく、ギャラリーにライブハウスにピンボール店に……そしてもちろん映画館も入った複合商業施設である。

「せっかくだしエスカレーターを使うか」

 ここの2階から4階を結ぶエスカレーターは、カーブを描く「スパイラル・エスカレーター」という珍しいもので、どうやらその筋の人にはたまらない代物らしい。まあ、特に興味のない私でも乗っているとなんだか楽しい気分になるのだから、その気持ちはわからないではない。


※ ※ ※


「シネマート心斎橋……割とひさしぶりに来たな」

 4階で降りた私はこじんまりとした映画館の入口を見て呟いた。お隣が大きなライブハウスということもあり、その「こじんまり度」はなかなかのものだ。しかし中に入ってみると意外に狭さは感じない。高い天井とガラス張りの開放的な雰囲気のおかげだろう。

「ええと、チケットはここか」

 券売機で発券を済ませて、上映開始までロビーで時間を潰す。

「なんだ、この『サイコ・ゴアマン』って……」

 トイレ横に貼られたB級感あふれるモンスター映画のスチールを見てつぶやく。このシネマート心斎橋の特徴のひとつに、壁に大量に貼りだされた新作映画のスチール写真が挙げられる。写真にはスタッフによる手書きの紹介文が添えられており、なんとも次回の視聴意欲をかきたててくれる。


 ロビーでは他にも劇場オリジナルグッズを販売している売店やカフェなども併設されており、ここでは待ち時間も退屈しない。

「本日はシネマート・デイでドリンク全サイズ100円となっておりまーす!」

(安いな……買うか)

 売店スタッフの呼び込みに誘われてソフトドリンクを購入する。映画料金が安くなるサービスデイは数あれど、ドリンクまで安くなるのはなかなかないだろう。実にお得である。

「それではこれよりスクリーン2、『ソウルメイト 七月と安生』の入場を開始いたします」


※ ※ ※


「よかった……あまりにもよかった……」

 完全に語彙を失ってシアターを出る。こんな名作がごく一部の劇場でしか公開されていないことは残念だが、見方を変えれば公開してくれる映画館があってよかったとも言える。

「思い返せば、ここが無ければ出会えなかった映画がたくさんあったな」

 この劇場はオープン当初はパラダイスシネマという名前で、そこからパラダイススクエア、そして現在のシネマート心斎橋と何度も経営母体と名前を変えながら生き残ってきた。そのため上映作品の傾向もその都度変わり、今は主にアジア映画を中心としたラインナップとなっている。シネコンの普及でどこも似たりよったりの番組編成が多い中で、こういう一つのジャンルに特化した個性のある劇場があるのは嬉しいものだ。

「よし、次は『サイコ・ゴアマン』でも見に来るか」

 なんだかよくわからないが、これもきっとここでしか出会えない映画なのだろう。私は次の一期一会に期待しながらアメリカ村を後にした。


※ ※ ※


[シネマート心斎橋:2021年現在も営業中」

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