こぼれ話 ドリップコーヒーはそれぞれに

 コーヒーの抽出方法にはいくつかの種類がある。

 ペーパードリップ、ネルドリップ、サイフォン、エアロプレスにフレンチプレス、水出しにエスプレッソなどなど……。

 そんな多彩な方法がある中、まれぼし菓子店のコーヒーは、おおむねペーパードリップで淹れられている。


 ペーパードリップは文字通り、紙のフィルターを使ってコーヒーを淹れる方法だ。一見シンプルだが、これが意外と奥が深い。

 お湯を注ぐ時の少しの加減で、風味が変わってくるからだ。

 技術が味に直接関わってくるとも言えるだろう。


「木森、ブレンド頼める? 三つと、一つね」

「おう」


 今日のまれぼし菓子店はなかなかに忙しい。

 暑くなってきたからかドリンクの注文がよく出る。

 ホールの接客を手嶌が、ドリンク全般を星原が担当しているが、なんだかんだで手が足りなくなってきて木森も駆り出されることになった。


 暑かろうがなんだろうが、一定数出るのが温かいコーヒーである。

 中でもまれぼしブレンドは、店の名前を冠しているだけあって人気がある。

 木森は早速カウンターに立って、コーヒーの準備を始め出した。


(さてブレンドか。豆をグラインダーで挽いて、フィルター折っといて、と……)


 この小さな菓子店兼カフェの中で、コーヒーに関わることと言えば本来は星原が一番手に挙がる。

 星原はコーヒーのプロフェッショナルであるバリスタであり、淹れ方はもちろん豆やその産地などに関しても知識が豊富だ。そしてコーヒーに対するこだわりも人一倍強い。

 この店のカフェ部分は彼女を中心に回っていると言っても過言ではない。


 ただ、ハンドドリップというものはどうしても時間がかかる。

 星原はやりたがるとはいえ、他のドリンクや接客との兼ね合いもある。手が空いている者がコーヒーのドリップを担当するのが基本なのだった。


(粉、三十グラム、よし。お湯は九十五度、よし……)


 毎度のことではあるが、ひとつひとつ手順を反芻しながら準備していく。それが木森のやり方なのだ。

 コーヒーの粉に慎重にお湯を落とし、その後少し蒸らす。

 ドリップポットは注ぎ口が細くなっているので、この作業がしやすい。とはいえ、手元が狂ってドバっとお湯をこぼしてしまうのではと、未だにハラハラしてしまう。


 そっとのの字を書くようにお湯を注ぎ入れる木森は、真剣。というか、とても緊張している。

 コーヒーを淹れるのは想像以上に繊細な作業なのだ。


(かといってガチガチになっちゃ、うまくいかねえしなあ……)


 こんな時ほかの二人はどうしているかと、思い浮かべてみる。


 星原がコーヒーを淹れる姿は真剣そのものだ。

 指の先までしっかり神経を張り詰めさせて、正確で繊細な動きをしている。

 朗らかで快活な彼女だが、この瞬間ばかりは抜き身の刃のような鋭さだ。


 一方手嶌は星原とは対照的で、ゆったりと自然体だ。

 あくまで柔らかな雰囲気をまとい、くつろいでさえいるように見える。

 とてものびのびとしてリラックスした様子なのだ。


(あの二人と比べたら、俺はどっちつかずな上にぎこちなさすぎるな。まあタイプの違う師匠が二人いるってのは良いことだ)


 コーヒーサーバーに規定の分量まで抽出したら、できあがりだ。

 ちなみに緊張して淹れてはいるものの、木森のコーヒーはあの二人に褒められるくらいにはしっかり美味しい。それは律儀で丁寧な作業の賜物なのかもしれない。



「あ、コーヒー、今日は木森さんなんですね!」


 淹れたばかりのブレンドコーヒーを席まで運んでいくと、常連の彼女が弾んだ声と笑顔を向けてくれた。


「……嫌だったか?」

「とんでもない! わたし、木森さんのコーヒー好きなんですよ。あ、もちろん星原さんと手嶌さんのコーヒーも好きですよ? でも木森さんのコーヒーって結構レアなので。ラッキーって気持ちが大きいです!」

「そうか、ラッキーって思ってくれるのか。なら、良かった」

「そうですよ! ありがとうございます!」


 こちらこそ、と思わず頭を下げてしまった。

 未熟な腕なりに自分ならではの味わいが出せている。そしてそれが好まれているというのは、木森にとって嬉しいことだった。


 たかがコーヒー一杯。されどコーヒー一杯。

 コーヒーを淹れる自分の姿は、他の人には、彼女にはどう見えているのだろうか。


「木森。ブレンドふたつ、お願い!」

「っと、おう」


 コーヒーの奥深さに思いを馳せかけたところで、また新たな注文が入り、木森はコーヒー抽出のルーティーンに戻っていく。

 芳しい香りが昼下がりの店内を流れていた。

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