第71話 お月見だんごは秋の楽しみ

 夕方に近くの土手に散歩に行った。

 こよみの上では、もうすっかり秋も深い頃合いということになる。だけどまだまだ残暑は続いているし、台風なんかもぽんぽんやってきている。夏が居残りしてるんだろうか。


「あ、とんぼ」


 目の前をすいっととんぼが横切る。ほほを撫でる風は少し涼しい。

 視界の隅で赤が揺れる。彼岸花ひがんばなだ。

 そんな風景を見ると、やっぱり秋はそこに来ているんだな、という気になる。

 夕暮れもずいぶん早くなった。

 わたしは、日が暮れてしまう前にまれぼし菓子店に足を向けることにした。



「そうですか、彼岸花が」

「はい! 土手に、たーくさん咲いてました。とっても綺麗で」


 まれぼし菓子店。

 お店のショーケースやメニューに並ぶものも、ブドウや梨など秋のものが増えてきた。お店の中にもススキや木の実が飾られて、秋らしい雰囲気だ。

 私のテーブルには、すっかり色付いたほおずきと、なにか木の実が飾られている。


 今日も手嶌てしまさんはにこにこ話を聞いてくれる。

 和菓子職人でもある彼が作ったねりきりも、そういえば秋のものになった。お菓子屋さんだと、普通の人以上に季節に対する感性は敏感じゃないといけなのかもしれない。


「そういえば今日は中秋の名月ですね」

「あっ、そうなんですか? どうりで最近お月様が綺麗だと思った!」

「ええ。ほら、お店の窓際にも飾ってあるでしょう、だんご」


 言われてやっと気づいた。あんなに店内を見ていたのに気づかなかったのがちょっと恥ずかしい。

 窓際には白いおだんごが段になって、台(あとで手嶌さんに聞いたら、三方さんぼうというのだそうだ)の上にのせられている。

 絵に描いたようなお月見だんごが飾ってあったのだ。


 ということは……。と、季節のメニューを目で追いかける。

 わたしの考えを見通したように先回りして、手嶌さんが言う。


「ありますよ、お月見だんご」

「ではそれでっ!」

「かしこまりました。“つどいのしるべ”お月見だんごを、ご用意いたしますね」

「ありがとうございます!」


 それにしても『集いのしるべ』って。今回はまたいちだんと不思議なネーミングだ。

 みんなで集まる楽しい行事ってことだろうか。


 しばらくすると、温かい煎茶とともに、おだんごが運ばれてきた。

 白くて丸いきれいなおだんごは、こんがり炙られており、そこにみたらしのタレがかけられている。いかにもという王道なのがまた素敵なのだ。


 外は暑かったけど、温かいお茶を飲むとなんだかほっとするのが不思議だ。一服してから、おだんごに取りかかる。

 一口もぐっと食べると、おだんごのなんと柔らかいことだろうか!

 もっちもちのおだんごにみたらしのあまじょっぱいタレが絡んで。そして炙られたおだんごの香ばしい風味。


「う~ん、しあわせすぎる……」

「お口にあいましたか?」

「とっても! やっぱりお月見におだんごって良いですねえ」

「ええ、皆さん、そう思ってくださるようです」


 そう言われて辺りを見れば、いつの間にか店内はざわざわ。お客さんでいっぱいになっている。

 しかもみんな、このお月見のおだんごセットを頼んでいるようだ。

 大人も子どもも。男性も女性も。見たことのある顔も、ない顔も。

 みんな、お月見だんごを楽しんでいる。

 その光景になんとなく笑顔になってしまう。


 そして。

 外はと言えば、秋の日は釣瓶落つるべおとし、のことわざどおりにとっぷりと日が暮れていた。代わりに顔を出していたのは……。


「あ、お月様……」

「お見えですね」


 みんなお待ちかねのお月様が、窓から見えるところにきた。

 今日は店内の照明が少し控えめになっている。

 満月の輝きが、店内を照らして。

 なんだかとても……とても幻想的なお月見だった。


「月の光は、穏やかに降り注いでくれますね。誰もに平等に。……人も、人でないものにも」


 手嶌さんはそう微笑んだ。

 そんなことを言う彼自身が、なんだかこの場にふさわしい神秘的な存在のようで。

 そしてこの店に今集っているひとたちの中にも、不思議な存在が混ざっているような気さえして。


「確かに“集いのしるべ”ですね。おだんご。それにお月様」

「素敵な、お月見になりましたか?」

「……はい!」


 わたしは手嶌さんに大きく頷きを返す。

 ああ、秋なんだな。

 長い、お月見の夜。外に出れば虫の音が聞こえ、肌を心地よい風がなでてくれる。

 もう月は建物の陰に隠れてしまっている。

 わたしは、素敵なひとときを過ごせたことをしみじみ幸せに思った。集いのしるべに、導かれて。

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