第64話 わがまま気まま、春のスイーツプレート

「あたしってぇ、好きなものは全部手に入れたいタイプなんですよね。で、全部手に入れてきたんですよお」

 お水のグラスをコトンとおいて、彼女が開口一番そう言った。

 席に着くまで、荷物置きを取ってくれたり、会社に忘れそうになった傘のことを声掛けてくれたりしていた甲斐甲斐しい彼女である。わたしは反発するとかなんとかよりびっくりして、

「え?へえ、そうなの?」

 多分ものすごく間抜けな声で問い返してしまったと思う。

 それに対して彼女は、逆に「んー」と複雑そうな唸りを発して首を傾げて言う。

「先輩の前だから、特大の猫、外してみたんですけどぅ……」


 まれぼし菓子店。

 ぽかんとしたわたしの前に座っているのは、発言の主である新しく弊社にやってきた後輩、綾瀬さんだ。

 わたしは会社の指導係として、数日を共に過ごしたばかりというところである。頑張り屋の彼女は、わたしが新入社員の時と違って、弱音もはかずに仕事に取り組んでいた。

 そんな時、昼休みに彼女が甘いものに目がないということを聞いたのだ。だから、お疲れ様の意を込めてこの店に連れてきたら、突然そんなことを言い出した。


 あ、でも何となくわかった……。

 視線の先が、手嶌さんが引っ込んで行ったバックヤードに向いてるんだもの。

 なるほど。手嶌さんがイケメンということをすっかり忘れていた。

 わたしがボヤボヤしているものだから、綾瀬さんはすっぱりと本題を切り出してきた。


「あの店員さんってぇ、彼女さんとか居るんですかね?」

「さあ……でもいないんじゃないかな?」

「ええー?ホントですかあ。それじゃあ狙っちゃおうかな、あたし」


 おっとりとした口調でイタズラに言う。見た目に似合わず、結構肉食系というか……がつがつ行くタイプなんだろうか。

 後輩の印象は、いわゆる女の子らしいフワフワした感じの子という感じ。

 だからこの発言や態度は、職場から出てから初めて見た一面だ。猫をかぶってたかー、と思わず苦笑しながら、わたしもお水を飲む。


「良いんですかぁ?先輩は……」

「?なにが?」

「通ってるって聞きましたよ。お目当てなんじゃ……」

「えええ?」


 彼女がいいさした所で、本日のお楽しみが運ばれてくる。

 赤、ピンク。鮮やかな春らしい色合いの中に、佇む主役はイチゴ。


「お待たせいたしました。〝春色の花畑〟イチゴのスイーツプレートです。イチゴのショートケーキ、ジェラートにジュレ。イチゴプリンにはメレンゲを添えて。そしてドリンクがイチゴミルクとなっております。イチゴづくしをお楽しみください」

「わ~美味しそう」

「きれ~い!」


 話のことはひとまず脇に置いておくこと流れとなった。運ばれてきたデザートプレートにふたりで目を奪われる。

 盛り合わせられデコレーションされたデザートは、まさに花畑のように華やかで、大いにテンションが上がるものだった。

 綾瀬さんもすっかり気に入ったようで、もう早速スマホで撮影会をしている。


「それじゃ早速いただきます!」

「あたし、イチゴ大好きなんですよお!」

「はい、召し上がれ。パティシエの心づくしの春、楽しんでくださると幸いです」


 まずは溶けないように、小さな器に入ったジェラートから食べ始める。イチゴの爽やかな甘みと酸味が口の中でほどけていく。下にジュレと生クリームが入って、ミニパフェ風なのが美味しく嬉しい。


 今度はショートケーキを食べてみる。ふわふわのクリーム、中にはイチゴがたっぷり入っている。王道だけどシンプルに美味しい。てっぺんのイチゴは最後までとっておくとして……。


 イチゴプリン。ちょこんと上に乗ったメレンゲをつまんで口に放り込むと、あ、確かにちゃんとイチゴ味。こんな所まで細かく凝ってるなあ、と微笑んでしまう。

 プリン本体にスプーンをいれれば、ぷるんと弾力のある手応え。口に入れると優しくも存在感のある、しっかりとした甘み。


「はあ~しあわせ~」

「んー! イチゴ好きにはたまらないね」


 後輩とわたしは、思わず顔を見合わせて笑う。

 それほどまでに至福の時間だったのだ。


 最後にわたしたちを待っていてくれたのは、イチゴミルク。ワイングラスのようなオシャレなグラスに入っていて、縁にイチゴが飾られている。

 ストローで飲んでみると……ん、思ったより甘くない。でもそれが逆にイチゴと牛乳のそれぞれの美味しさをひきたてている。

 ここまで加熱してきたイチゴ戦線も、ちょっと落ち着かせてくれる優しい味だ。


「はあ~おいしかったです~」

「やっぱり春はイチゴだよねえ」

「……先輩」


 一服しながら残ったイチゴミルクを飲んでみると、再び後輩が声をかけてくる。

 なんだろう?


「先輩って……すごい普通だと思ってたんですけど……ちょっと変わってますよね」

「ええ?」

「こんなお店知ってるし……すぐ百面相するし……イケメンを前にしてもいつもの先輩って感じだし……それにあたしのかぶってる特大の猫も懐かせちゃうというか……」


 ……恥ずかしい。後輩にも百面相してるって思われていたとは。


「……でもそうですねぇ、嫌いじゃないです」

「あ、ありがと?」

「やっぱり変な先輩~」


 ふふふっと彼女は笑った。わたしもつられて笑ってしまう。

 彼女が社内でいつも大盤振る舞いしている笑顔よりずっと素敵だったんだけど……余計なことは言わないでおこう。


 そのあと綾瀬さんは堂々と手嶌さんに彼女がいるかとか、細々聞いては、いなされていた。

 手嶌さん、モテるのだろうけど、それだけあってはぐらかすのもうまい。だけどというか、だからこそいつものイメージ通り謎の多い人なのだ。


「あーあ、誤魔化されちゃいましたよぉ。でもあたし、諦めませんからぁ」

「えええ?」

「よろしくお願いします先輩~。そして今日は……本当にありがとうございましたぁ」

「う、うん、気に入ってくれて良かったよ」


 仕事でもそうなのだけれど、彼女は良い意味で言うとガッツがある子なのだった。

 恋、実ると良い……のかな……?手嶌さんで大丈夫か?などと思いながら、わたしは桜の咲いた住宅街を帰路につく。


 月は少し朧がかっている。

 イチゴの甘酸っぱい香りの余韻も、残っているようだった。

 春、今年も色んなことに出会いそうな予感がしていた。

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