第62話 ソフトクリームが食べたいから

「コーン、ワッフル。コーン、ワッフル」

 呪文のように唱える。

 これはあれ、ソフトクリームの下についているアレの話だ。

 気取ってカップにするのが、本当は良いのかもしれない。わたしだって少しは絵になるかも?

 でも、今日は子供に帰りたいのだ。スタンダードなコーンか。ちょっと贅沢なワッフルコーンか。どちらも捨てがたい。

 わたしは悩みに悩んでいた。


「そもそもなんでうちでソフトクリームなんだよ。アイスでもジェラートでもパフェでもなく」


 木森さんが不可解そうにわたしに問う。確かに、まれぼし菓子店自家製のアイスクリームはとてもおいしい。それに、季節限定のジェラートはすごくジューシーで最高だし、パフェは華やかでいつも楽しい。


 でもなんていうか、ソフトクリームが食べたいのだ。昔からあるあのシンプルなシルエットで、クリーミーながらもさっぱりとした後味のあれが。

 そんな気分になることって、ないだろうか。


「決めた、コーンでお願いします」

「あいよ。まあメニューにあるからもちろん良いんだけどよ……」


 釈然としないような、まあ分かったというような、微妙な顔で彼はバックヤードに戻って行った。

 木森さんによると、ソフトクリームを頼む人はそこまで多くないらしい。

 ただ、お子さんや年配のお客さんには根強い人気のある隠れメニューなのだそうだ。


 そしてしばらくするとやってきた。

 銀色のスタンドにしっかりと乗せられたソフトクリーム!

 昔懐かしいクラシックなスタイルだ。わたしの心は躍らざるを得ない。


「お待たせしました。〝ミルクの雲〟ソフトクリームだ」


 名付けもシンプル。だけど、それが逆に良い。

 スプーンを使わずに、ぱくっとかじりついてしまう。かじりつくという表現が正しいかわからないほどはかなく、雲の端は切れて、わたしの口の中で優しくほどけて溶ける。

 やわらかーいミルクの風味。たまらないほど懐かしい味。


 ある程度食べ進めたところで、コーンをがりりとやる。アイスクリームで言うところのウエハースの役目。独特の香ばしさが、冷たさから一休みさせてくれる。ちょっと口の中に張り付くのもご愛嬌。またソフトクリームを食べ、流していく。

 この香ばしさって、なんだかものすごくノスタルジックだ。やっぱり、味と記憶って深く結びついているのだなあと思う。


 小さい頃は口の周りをベトベトにしながらも、溶ける前にって一生懸命食べた。アルバムに残されていた自分の写真を思い出してちょっと笑ってしまう。


「あ、おい」

「はい?」


 突然、木森さんが手を伸ばしてきた。

 そのままわたし頬に手を当て、口元を親指の指先で拭ってくれる。


「……」

「……」

「……」


 少女漫画みたいじゃなかった?

 わたしは硬直してしまう。というかあの……。

 わたしはこの年になって、あのアルバムと同じく口の周りをベタベタにして、夢中でソフトクリームを食べていたのだろうか。


「わ、悪ぃ?」


 思わず固まってしまった。

 赤く……なってただろうか。

 木森さんが顔をのぞき込んでくる。


「わーっ! のぞき込まないでください!」

「あ、悪ぃ」

「も、もう。ソフトクリーム溶けちゃう……」


 自分で口を拭った後に、何処へもぶつけにくい感情をひとりごちながら、わたしはソフトクリームの続きを食べることにした。

 わけがわからずに目を白黒させていた木森さんには、悪いがこんなのどうしようもない!


 恥ずかしいなあ。

 途方に暮れたような気持ちでコーンをかじれば、かじり損ねたかけらがどっかに飛んでいった。


 コーン、ワッフル、コーン、ワッフル……。恥ずかしさを打ち消すために、わたしは特に意味のなくなった呪文を心の中で唱えるのだった。

 残りのソフトクリームは、サッパリしていながらも昔よりちょっと甘く感じた。

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