第60話 西に東に、ひなまつり

 わたしの注文した煎茶のすぐ隣には、和風の趣深い二枚のお皿がある。

 そしてお皿の上にはそれぞれ、ちまっ、ころころしたお菓子がのっている。色もとりどりで可愛らしい。

 ひなあられだ。


 そう、今日は桃の節句。

 ひなまつりなのだ。


 それで。

 だからなんなのかというと……。

「うーん、わたしが見慣れてるのは左の方ですね」

 わたしは、お米粒のような形をしたあられののった、左のお皿の方を指さす。

「うんうん、そっかー。わたしは右の方なのよね」

 星原さんはと言えば、右のお皿にのっているやや丸みを帯びた方のあられを示している。

 これってつまり?


「ひなあられって、西と東によって違うんだよね」

「そうなんですねえ。わたし全然意識したことありませんでしたよ」


 初耳だけど、星原さんは西の方出身の人らしい。

 それで彼女のおなじみだというひなあられを食べてみると、甘くてしょっぱかった。まさにあられだ。

 わたしのよく慣れたひなあられは、砂糖の衣が着いているというか、とにかく甘いから、なんだかちょっとカルチャーショックだ。


 でもどちらも違ってどちらも良いというか、美味しいと思う。

 西の楽しみ東の楽しみ、両得という気になりながら、お茶請けにぽりぽりと頂く。

 ふと思いつきを口にする。


「東西で違うものってたくさんありますよねえ。うどんのつゆとか。お雑煮も全国津々浦々で違いますし」

「そうそう。桜餅も違うし……北と南だと豆まきの時の豆が、大豆と落花生で違ってたりもするね」

「えっ、それは初耳です。面白いなあ」


 そう思うと、日本って狭いようで意外と広いんだなと言う気持ちになってくる。

 そうそう、梅や桜の開花のニュースも、全国、時間差だし、雪解けだって全然同じスピードじゃない。

 季節のめぐり方は場所によって違うのだ。


 ふと、店内におひなさまが飾られているのに気づいた。

 このおひなさまは、いかにもオシャレでモダンな感じの人形だった。小洒落た店内によく似合っている。

 それでも昔からの古風な行事を変わらず受け継いでいるのだ。なんだか面白い。


 コーヒーの香りと共に、桃の花の香りも流れてくる。

 カウンターを見れば、ほころんだ花を付けた枝が活けられている。

 ああいよいよ春なんだ、とわたしは色んな気持ちのこもったため息をついた。


 ……ちなみに、いわゆる「春」というものは、どうやらわたしには来る気配がないようだ。

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