こぼれ話 コンポタは思い出の味
季節ごとに、色んな味の思い出って、あると思う。
そんなわたしには、寒い季節になるといつも思い出す味がある。
恋しくなって、わたしの視線はいつも駅やその辺に佇むなんてことのない自販機をさ迷うのだ。
あったか~い。
季節の変化とともに、自販機にはそんな文字列が並ぶのが恒例だ。
何となくその言葉を繰り返しながら、わたしは商品の名前を追っていき……ある場所で目を止める。
「コンポタ」
声に出してみる。
それだけで何となくあったかくなるから不思議なものだ。
コーンポタージュ。缶の中にポタージュと、それとコーンが入っている。最後の何粒かがいつも取れなくて、苦戦するのがご愛嬌。
飲みきってしまっても、缶はずいぶん長いことあったかくて、冷えてしまった手で包むと心地よいのだ。
近年は自販機のスープにも色んなバリエーションが出たけど、わたしが小さいころといったら、こればっかりだった。もしくはおしるこ。でもそれでとても満足していたと思う。色々飲める今も楽しいけど。
塾の帰り道。駅の待ち時間。
ちょっとさむくて、暗くて、つらくて、小腹のすいたその時間を埋めてくれる、小さくても大きな存在。
「コンポタに、お決まりですか」
と。ふとそう声をかけられて、はっとした。
目の前には手嶌さんの優しい笑顔。
そうだった。わたし、まれぼし菓子店に来ていたんだった。
「ポタージュはお腹にたまりますし、体も温めてくれますよね。当店の〝魔法の小鍋〟コンポタには、バケットも何切れかついていますから、ちょっとお得ですよ」
それってなかなか嬉しいサービスだ。
わたしは嬉々として返事をする。
「それじゃあ、コンポタにします!」
あ。そういえば。
「手嶌さん」
「はい?」
「手嶌さんもコンポタって」
コーンポタージュっていう立派な名前があるけど、コンポタっていうと何だか可愛く聞こえる。わたしだけだろうか。
そしていつもかっこよく流暢に説明をしてくれる彼から、コンポタって言葉が飛び出すと、いっそう可愛く思えるのだった。
彼は照れたように微笑んで答える。
「ああ、つい。コンポタって、なんとなく人の心を柔らかくしてくれるような所がありますよね」
「本当にそうですね。ふふ、やっぱりわたし、大好きだなあ」
運ばれてきたコンポタージュは、可愛いココットに入っていた。見るからにあつあつで、でも柔らかいクリーム色が愛おしい。
缶のコンポタとはそりゃ違うけど、違った味わいがまた嬉しいのだ。
口の中に広がる優しいとろみ。胃の底まで滑り落ちていって、ゆったりと留まるあたたかさ。舌の上に残る甘み。
ああ、やっぱり大好きだなあ。自然とにこにこしてしまう。
バケットをひたしたって当然美味しい。柔らかくなったパン生地に、手嶌さんの言葉をまた思い出したりもする。
そういえば、小さい頃のクリスマスパーティーには、母がコンポタを作ってくれたりしたっけ。
音を立てずに飲むんですよって。真ん中にクルトンが浮いている、ちょっとおすまししたコンポタ。
まれぼし菓子店の魔法の小鍋からは、思い出がどんどん溢れてくるようだ。
「柔らかくなれましたか?」
「とっても。幸せになれました」
微笑む手嶌さん。微笑み返すわたし。
ふんわり、コーンの香りが漂う。
舌の先を少しだけ火傷したのはまあ、せっかちなわたしの笑い話だろう。
手嶌さんの笑顔。またひとつ、この味に思い出が増えた。
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