第52話 おまもりのこんぺいとう

 紺色の袋をあけて、まろびでてくるのはこんぺいとう。

 てのひらの上の小さなそれらをよく見つめた後に、いくつか摘んで口に含む。

 甘い。優しい甘み、懐かしい甘み。

 奥歯で軽く噛んでみると、音を立てて砕ける。シャリ。シャリシャリと少しずつ小さくなっていく。そして甘みの余韻を残して消えていくのだ。

 その食感と甘さを楽しみたくなって、子供のように繰り返してしまう。


 こんぺいとうの味には、楽しみが詰まっていると思う。

 こんぺいとうの見た目にも、楽しみが詰まっていると思う。

 濃紺の袋と併せて見ると、まるで夜空と空を彩る星みたいに見えるのだ。

 まだいくらか残っているこんぺいとうの袋を、大事にしまった。


 このこんぺいとうはまれぼし菓子店で手嶌さんにもらったものだ。

 ちょうど、あの緊急の店休日の後のこと。お茶をして家に帰る前に、渡してくれたのだ。


「このこんぺいとうをお持ちください」

「おみやげですか?懐かしいですね。一番最初にこの店に来た時のことを思い出しました」

 最初にまれぼし菓子店に来たのが、遠い昔のことのように思える。

 それだけこの店にも通い慣れたし、この店のみんなと、ちょっと不思議な出来事にも馴染んできた気もする。

 思い返しながら言うと、


「今回は、おまもりのこんぺいとうです」

 とごく真面目な口調で手嶌さんが言った。

 おもわずまばたきを何回も繰り返してしまう。

 おまもり?

 ごくごく真面目な表情で言った手嶌さんだったが、ふとその固い表情を崩して微笑みを浮かべる。


「……なんて。まあおまもりがわりに持っていてください。そうですね、一週間ほど」

「わ、わかりました」

「一週間、すぎたら召し上がってしまってください」

「はい!」


 最後に手嶌さんは少し茶化したけど……。

 何だかとても大切なものを預かったような気がして、緊張してしまう。両手に大事におしいただいて、わたしは服のポケットにこんぺいとうをしまった。

 何しろ、とても不思議なことに出くわした後。おまもりなんて言われたら。しかも手嶌さんに。

 その日は店休日だからか、どうなのか、手嶌さんはずいぶん長くわたしを見送ってくれた気がした。


 それから一週間のあいだは、どうもずいぶん奇妙なことに見舞われていた気がする。

 誰もいないはずのオフィスでふと誰かに話しかけられた気がしたり、夜道で妙に大きな足音が聞こえたり、部屋の窓を叩く音が聞こえたり(わたしの部屋は一階ではない)。その他にも色々あった。


 ただどれもおまもりに触れたら、すぐに止まった。

 とにかく、おまもりのこんぺいとうは本当におまもりだったのかもしれない。

 わたしが一体どんな危機に襲われかけていたのかはわからないけど。


 そして一週間が経った今、わたしはこんぺいとうを摘んで食べ。まれぼし菓子店にやって来た。


 お店の前、いつものランタンが今日も綺麗に輝いている。ステンドグラスのついた扉も変わらず、太陽の光を透かしている。

 営業中の店内には、既にお客さんの姿が見えて、賑やか。

 すっかりいつもどおりの様子だ。

 わたしの日常にして非日常。

 まれぼし菓子店。


 お店の中を何となしに眺めていると、手嶌さんと目が合った。


「いらっしゃいませ」


 彼がそう言って目礼してくれるのがわかり、わたしはいつも通りに扉を開いて、お店へはいる。

 その瞬間、そよ風が何かお花の匂いを運んでくる。

 また春が、やってきた。

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