第48話 雪の日のバニラアイス
珍しく、雪が積もった。
一面の銀世界……と言うには少し足りないかもしれないけど、それでも充分珍しい光景だ。
公園ではわずかな雪でも、はしゃいだ子供たちが雪だるまを作ったりなどして楽しんでいる。
私はというと、寒さに震える方が先なところが、ロマンの足りない大人という感じがするけど、それでもちょっとは浮かれた気持ちになっている。
見慣れた景色が雪のお化粧で見違えるのは、やっぱりいくつになっても心躍るものなのだと思う。
……もっとも、どかどかと大雪の降る雪国の人はそんなのんきなことは言ってられないのだろうけど。
さてさてと足を向けたまれぼし菓子店も、うっすら雪化粧していて、軒先の観葉植物なんかいかにも素敵な雰囲気になっている。
こういうのもたまにはいいな、と思う。
「久しぶりに積もったねえ!」
と星原さんが店先の雪を寄せてやりながら笑っている。まだ空気がよく冷えているのと、その運動のせいで、彼女のほほはりんごのように赤い。
健康的な彼女がさらに魅力的に見えるのは、雪の輝きのせいもあるかもしれない。
「ちょっとはしゃいじゃいますね!」
「あ、やっぱり? 分かります。私も!」
二人して笑いながら店内に入った。
ふんわり暖かい空気と外から流れ込む冷たい空気が、入口の辺りで混じり合う。
実はわたしには、こんな日は絶対に! と心に決めてきたメニューがある。
それは……。
「バニラアイスクリーム! それと紅茶おすすめのを!」
「バニラアイス。あとおすすめの紅茶ですね」
つい勢いがついてしまったのを、星原さんが笑いながら繰り返す。
「つまりあれね、あの」
ふふっと微笑みつつ、わたしたちは声を揃えて言う。
「「コタツでアイスクリーム」」
そうなんです。
これって、おとぎ話の王子様でも絶対できないぜいたくだと思う。
うちにもまれぼし菓子店にもコタツはないけど、暖かい部屋で冷たいアイスを冬に食べる。これは最高だと思うのだ。
「では少々お待ちくださいー!」
と鼻歌混じりに星原さんがバックヤードへと行き、ほどなくしてやってきたのはガラスの器に入ったクラシックな感じのアイスクリームだった。
それと紅茶はダージリン。あっついのと冷たいの。最高の組み合わせだと思う。
「〝微笑み雪だるま〟バニラアイスクリームです」
と、言ってわたしの前に出されたバニラアイス。なるほど! 二段重ねになった丸っこいバニラアイスに、にっこりした雪だるまの顔が、チョコレートのペンで書かれている。
微笑ましくなってしまう見た目だ。そして古式ゆかしいウエハースもつけられている。
雪だるまを崩してしまうのが何となく気の毒になりながらも、ゆっくりと
ほどよく柔らかくなっている手応え。
一口さらって口に入れると、バニラの風味、それに優しいミルクの風味。
うーん、王道。だけど王道って言われるからには、それなりの理由があるんだなと納得させられる。説得力がある。
チョコペンのデコレーションの部分と混じりあったバニラの味も美味しい。ちょっとしたおまけのお楽しみ感がある。
そして箸休めならぬスプーン休めのウエハース。これが楽しみなのってわたしだけだろうか? さくさくと食べると、冷えた口の中が温度を取り戻してほどよい。
それからまたアイスクリームを口にする。何処までも滑らかで、濃厚で。たまらない。
食べ続けて、ひと段落をつけるために紅茶を飲む。温度差にドキッとするけど、体がほうっと温まる。
雪の日に微笑むかわいい雪だるまのアイス。
はかない。
わたしのお腹の中に、あっという間に消えてしまった。
昔はせっかく作った雪だるまが消えてなくなってしまうのが、悲しくて仕方なかったっけ。
雪はいつかは溶けてしまうもので、はかないものの象徴だけど、自分の手で作ったものに対する思い入れというものを学んだ気がする。
「あーなんだか雪だるま、作りたくなってきました」
「つくっちゃいます?二人で」
……。
その三十分ほど後。
「二人して、何してらっしゃるんですか……」
わたしたちは。
雪だるまを作っているところを発見されて、手嶌さんに半ば呆れたような声をかけられました……。
いいわけはそう……童心に帰ってました。
手嶌さんの軽いお説教を聞きながら、わたしと星原さんは顔を見合わせて大笑いするのだった。
雪はもうやんでいて、空はよく晴れていた。
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