第49話 いつも、いくつもミルクレープ
「うーん」
「うーむ……」
「不思議なんですよねえ……」
「不思議でなあ」
「そうなのよねえ……」
今日も暖かな灯のともる、まれぼし菓子店。
わたしと木森さんは二人でうなずきあっていた。
店内は今日はひっそり。
外はしとしと冷たい雨。
お客さんはわたししかいなくて、あんまり接客担当とは言い難い木森さんが、お店の方に出てきている。
手嶌さんがバックヤードでお菓子を作っているかららしいが。
それにしても。とにもかくにも不思議なのだ。
なんのことか?
というと……。
「「手嶌」さん」
のことなのだった。
まれぼし菓子店のスタッフの中で、私が一番初めに会ったのが、手嶌さんだ。
その時から、中性的だしどこか浮世離れして不思議な雰囲気だなあと感じていた。そろそろこの店に通いだして一年になるけど、その印象というのに変わりはない。店員さんとお客の関係だから……といえばそこまでなのだけど……。
だけどどうも、その不思議な印象というのは、木森さんもまた手嶌さんに対して抱いているものだったらしいのだ。同僚で付き合いも長いらしいのに、だ。
「なんていうんすかね……こう、つかめなくて……。若い感じなのに、年取ってるみたいにも思えて」
腕組みしながら首を傾げる木森さん。わたしは大いに共感してうんうんとうなずく。そうなんだよね……つかみどころがないのだ。
「この建物、二階建てと屋根裏ロフトみたいになってて、俺と手嶌はここに住んでるんだけど」
「へえ、そうなんですか!」
確かにお菓子を作るふたりの朝は、ものすごく早そうだ。夜は夜で、試作なんかしたらあっという間に深夜だろう。職場に住んでいたら、色々やりやすいだろうと思う。
「手嶌って何が趣味だとか、何考えてるとかいまいちわかんないんすよね。あと俺の目から見ても、異様に菓子作りと料理に習熟してるし」
プロである木森さんの目から見ても、ということは本当にそうなのだろう。それに何よりものすごく作業が早いそうなのだ。
「あんな若い感じなのに……熟練の職人さんもびっくりな……」
「そうなんすよね。……うーん謎が多い」
過去もよく分からないのだそうだが、本人に聞くのも何となくはばかられる。
うーん。
詮索は良くないけど……。ついつい二人で一緒に腕組みして考えてしまうのだった。
そういえば、不思議なことが起こるのは、手嶌さんがいる時が多いような……。
そんなことまで含めて、しばらく考えていたが、なんだか雲を掴むようなはなしだ。
そこで、
「あ、悪ィ……」
と、木森さんが話を区切る。
「コーヒーが冷める……」
そうだった。今日注文したのは、ミルクレープとコーヒー。豆はブラジル。
悩んでいたら少し冷めてしまったかも。
お菓子とお茶とわたしの心配をしてくれるのが木森さんらしくて、微笑みながらコーヒーを口に含む。
バランスのよい酸味と苦味に、ふう、と一息。
そして今日のお楽しみは“いくつもの顔”ミルクレープだ。
何枚もの生地を重ねた、手間隙かかってそうな……美味しいケーキ!
小さい頃は、ミルクのクレープだと思っていたけど違って、ミル(千枚)のクレープ、というフランス語らしい。
すいっとフォークを入れてみるも、力加減が難しい!やっぱり形が無様に崩れてしまう。
それを見てニヤニヤしている木森さんがちょっと憎たらしいので、スネを軽く蹴ってやりました。
ただ、これも彼の自信作のひとつ。ありがたくいただくとしましょう。
弾力のあるクレープと、その間にあるクリーム。縦にフォークをいれた所で不器用なわたしはちょっと形を崩してしまったが、層となったそれらは、食感がよりいっそう楽しめるようになっている。クリームの甘さと生地の甘さ、歯ごたえという三つの楽しさ。
生地を一枚めくって食べると、これもこれでクレープ単体としての、生地のうまみをしっかり噛み締められる。ぺらっとしているのに、この存在感はなんだろう。
後を引く甘さをコーヒーに任せて、食べ進める。クリームがはみ出てしまったところ、生地が密集しているところ、端っこの方、色々ある。これが、色んな顔、いくつもの表情ということなのだろう。
「なるほど……」
「? どうした?」
「こんな感じなのかなって思ったんですよ、いくつもの顔……」
「あー、さっきの話?」
「そう、手嶌さんの……」
「なるほど……わかったようなわからないような……」
「わたしもそんなかんじなんですけど……」
と、いってコーヒーを飲むうちに。
足音もなかったのに、いつの間にか木森さんの背後に手嶌さんがたっているのを見て、わたしはコーヒーを吹きそうになった。
「お二人とも、僕が何か?」
心底不思議そうに、でもにこにこと尋ねてくる彼を見て、わたしと木森さんは二人で首を横に振る。
うーん!
やっぱり、手嶌さんは……不思議なのだった。色んな時に垣間見せるいくつもの表情。いくつもの顔。それでもまだ彼をはかるには足りないくらい、この人はたくさんの顔を持っているのかもしれない。
雨は小降りになったのか、雨音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
わたしは気を取り直しながら、手嶌さんに、無理やり飲み干したコーヒーのおかわりを頼むのだった。
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