第47話 薄氷の琥珀糖

 早朝からの用事があって外に出た。

 朝の空気はしんとしずまりかえって、そこに微かに入り交じる陽光はきらきら、冴え冴えと美しい。

 うーんと背伸びしてみると、肌にも、のどにも、冷たい空気が流れ込んでくる。


 冬の朝。

 お布団からは出にくくなるけれど、一度外に出てしまえばこの空気感は嫌いじゃない。むしろとても素敵なものだと思う。

 道行くうちに薄く氷が張っているのを見つけて、ブーツで踏み入ってはパリパリとした感触を楽しんでみたり。

 公園の霜柱の上に乗って、ガリリと崩れるその様をみて喜んだり。

 残った緑に付いた霜をなぞって、その冷たさに身震いしてみたりして楽しむ。

 この瞬間は、童心そのものだとおもう。 小さな頃と変わらない冬の朝の遊び方。


 もちろん用事を済ます頃には、霜の妖精たちの姿は太陽の光の中にすっかり消えてしまっている。

 少し寂しく思いながら、また早起きして彼らに会いに来よう……そんな気持ちを抱くのだった。


 ……。

 だからそれは、今日偶然の出会いにしても、なかなか出来たものだった。

「〝薄氷の宝石〟琥珀糖です」

「琥珀糖」

「はい。味は薄荷ハッカ……ミントですから、さっぱりと召し上がれますよ」

 少し崩した立方体に切られた、半透明の不思議な青い塊……本当に宝石みたいな綺麗な食べ物が、お皿の上に乗っている。

 それと、あたたかいお茶だ。

 今日はお茶だけ頼んだら、おまけにと手嶌さんが琥珀糖をつけてくれたのだ。


 名前は聞いたことがあるけれど、不思議な食べ物だと思う。これは寒天とお砂糖、それに色を付ける食紅なんかで出来ているらしい。

 今日出してもらったのは、その名前の通り今朝の氷を思わせる薄蒼。

 お茶をすすったあとで、ひと欠片口に放り込んでみる。


 ……シャリ。という感触。微かな、それこそ薄い氷のような歯ごたえ。

 ミントの爽やかで少し刺激的な香りが、ふんわりと広がり、口の中がさわやかになる。

 そしてその後はとろりとした、ゼリーのような舌触り。なるほどこの部分が寒天か。ぽくぽくと食べる感覚が楽しい。

 琥珀糖は、食感を楽しむ小菓子という感じだ。お茶請けに出してくれたのが嬉しくなる、そんな食べ物。

 小さなその彩りたちを、一粒、二粒と食べ進める感覚は、パリパリと氷を割っていく楽しさに似ている。


「お口にあったみたいですね」

「あ、わかりますか?」

「楽しそうでしたので」

 ……やっぱり、顔には出るらしい。

 楽しそうというのは、はい。的確な見取りだと思います。

「琥珀糖は、色んな形に切ってみても楽しいですよ。本当に宝石みたいですし……そう難しくもないです」

 そういうこともあって、色んな味をお茶請けに出したりしてくれているらしい。

「レモンにカシスなんかもありますよ」


 そういう手嶌さんに、薄氷の宝石箱を覗かせてもらう。うーん、綺麗なものだ。

 なんだか、にこにこしてしまう。

 小さな頃だったら、おままごとの宝石箱に入れてしまいたくなったろうな。


 綺麗なものを見ると、心がちょっとずつ癒されていくのを感じる。

 星空。冬の朝。琥珀糖。それに目の前の……。


 癒されていく、日常に、非日常にと、疲れた心。

 琥珀糖を眺めながら、少しぬるくなったお茶を飲む。

 手嶌さんと他愛もない話をしながら、わたしは休日の昼下がりを過ごすのだった。

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