第46話 お別れとミルクセーキ

 人間である以上、いつかはお別れの時と言うのがやってくるものだ。

 出会いがあれば、別れがあるように。

 生きている人は、老いていって、やがて死ぬ。死というお別れは、みんながみんなに訪れるものだ。


 自分が年を経るほど、そういう機会は多くなる。

 親戚や身内を見送ることを何度かしてきたけれど、やっぱり慣れるということはない。

 宗教によって呼び方は色々違うけど、いわゆるお葬式という会では、どうしても在りし日のその人のことを思い出しては、涙が込み上げてきてしまう。……お葬式は残された人が亡くなった人たちに向けてせめてもと送る気持ちの花束であり、残された人の気持ちの整理のために必要な時間でもある……そう思う。


 新年早々、しゅんとしてしまった。

 泣き腫らしたので、まだ、目の周りがヒリヒリする。

 お葬式を終えて、喪服を着替えたあと、夜遅くになってからまれぼし菓子店を訪れた。


 こういう時のまれぼし菓子店は、もう心得たもので、星原さんか手嶌さんがおまかせですね? と尋ねてくれて、おまかせのメニューを出してくれる。

 今日は……。


「“空のぐるぐる”ミルクセーキです」

 あたたかいミルクセーキだった。

 ミルクセーキという飲み物は、案外人生で出会ったことが少ない。強いて言うと、学生時代、最寄り駅の自販機で売っていた。ホットとアイスがあって、寒い冬の時期なんかに時たま、ふらりと優しい甘味を求めて買っていた気がする。

 お店で頼んだことがあるかというともちろんない。なんとなく、メインストリームから外れている飲み物な気がする……。


「あたたかくて甘くて、単刀直入に言うと美味しいよ」

 と星原さんは笑っていた。

 その通り、温かさと共に柔らかい甘さがガツンとやってくる飲み物だ。

 バニラの優しい香りがふうわり漂う。

 すすると牛乳とたまごの風味。飲むプリンに近い感覚だろうか。

 なんとなく全身を見えないベールで包んでくれるような……。そういう温かさだ。コーヒーや紅茶とはまるで違っていて、刺激は少なくほんわかとしている。


 そして優しく温かいミルクセーキとこのお店と一緒にしばらく過ごしてようやく、お葬式と寒さで固まった体が解れてきた気がした。

 今日のまれぼし菓子店では、何もしないで、特にみんなと喋ることもなく、ただミルクセーキの水面をみたり、ぼんやりしたりして過ごした。

 手嶌さんも星原さんも、察してくれたのだろう、静かに給仕をしてくれた。


 ……。


 お別れが終わった、今夜の空は、都会とは思えないくらいによく澄んでいて。

「……さむ」

 空気は肌に刺さりそうに冷たかった。

 風がなく、雲もない。月もない代わりに、星がよく見えた。

 ぼんやり、星空を眺めていた。

 ……。

「お忘れ物ですよ」

 手嶌さんが、わたしが忘れたマフラーを手に駆けつけてくれたのに、声をかけてもらうまで気づかなかった。

「あっ。すみません。ありがとうございます」

「いえいえ、……あ」

 言いさした彼が指さす先を見やると、すっと星が流れた。

 それらは何筋か流れて、はかなく消えた。

 なんの意味もないたまたまのはずだけど、それがなにか意味のあるようなものに思えた。

 私の目の端からもまた、一筋涙が流れる。……手の甲で拭う。


「今日は星が綺麗ですね」

 白い息を吐きながら、手嶌さんが言うのに、

「ええ本当に」

 わたしはうなずいて。

「本当に綺麗ですね」

 オウム返しに繰り返して。

 あとは二人とも沈黙のまま。

 まだ胸の辺りに残っている温かみと、マフラーを抱きしめながら、しばらく星空を眺めていた。

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