第45話 新年のねりきり
色々あった昨年も終わり、新しい年がやってきた。昨年は私も世間も浮いたり沈んだり、忙しい一年で、あっという間に駆け抜けていったなあ、という印象が強い。
その中でも嬉しかったのは、まれぼし菓子店と出会えたこと。それを通して先輩と仲良くなれたこと。一回り成長できたと思えること。
……こんなふうに、嬉しいと思えることがたくさんあることだと思う。
今年もよろしくお願いします。
そう言って回りたい人もたくさん出来た。
嬉しい限りだ。
年があけて初詣に行った帰り。まれぼし菓子店にやってきたわたしは、ちょうどそんな挨拶をみんなと交わしていたところ。
今年だけじゃなくて、末永く仲良くして貰えたらいいなあと思う。
新年の飾りつけのされたお店は華やかだ。派手すぎない細やかさに星原さんや皆のセンスを感じる。テーブルに飾られた生花のアレンジメントも、新年のめでたさを感じさせる。
でもお店の皆はいつも通り変わらない。星原さんは元気よく快活で、木森さんはぶっきらぼうだけど良い仕事をしてる。手嶌さんは……柔らかで、優しくて、やっぱり少し不思議。
「今年もよろしくお願いします。今年は……おまかせからスタートしても良いですか?」
「ええ。では飛び切りのものを」
尋ねると、手嶌さんは笑顔でうなずいてくれる。
いつも通りの少しの時間の後、持ってきてくれたのはお花の形をした小さなお皿……銘々皿というのだったか。
つやつやした綺麗なお皿の上に、ちんまりと和菓子が乗っかっている。
「新年はこちらから。〝移ろう四季のかけら〟のねりきりです。」
添えられているのは
和菓子を切ったり刺したりするアレである。
ねりきりは梅の花のデザイン。
紅梅という名前なのだと、手嶌さんが教えてくれる。
なんか、新春って感じ。形も色も名前も、おめでたい感じだ。
和菓子だから手嶌さんが作ったんだろう。前に動画で見たけど、こういうのは簡単そうに見えてすごく作るのが大変だってことを知っている……。いつかわたしも作ってみたいな。
ともあれ。早速いただくことにする。
楊枝で切れ目をいれて、一口。
ぱくりと口に入れると、上品な甘み。ねりきりは、白あんに色をつけたものから出来ているのだとか。
口の中に広がる甘さにうんうんとうなずきたくなる。この……表現しにくいけど、上品といっても日常から離れすぎてない、何処か懐かしい甘さ。それはやっぱりあんというものに小さい頃から馴染んでいるからだろう。
そのまま勢いでパクパクと食べ進めることもできてしまうけれど、あえて我慢してゆっくりと食べていく。
ひと口ひと口をしっかり味わう。すると、口の中がねりきりの美味しい風味で染め上げられていくようだ。
四季折々で、変幻自在に姿をかえていく、ねりきり。
かわいいだけでなく、めでたいだけでなく、こんなに美味しいなんて、なかなか罪な食べ物だ。
「続いてこちらをどうぞ」
「あっ、お抹茶! あの、わたし作法とか全然わからないんですけど……」
「気楽になさってください。お茶碗の模様を眺めながら、楽しく飲んでくださればそれで良いんですから」
そう言って貰えると気が楽になる。
お菓子の後に出てきたのはお抹茶。こういう時に飲むのは薄茶というらしい。これも手嶌さんが教えてくれた。
とびきり甘くなった口の中は、さらりとしたお抹茶の苦みと泡で洗い流されていき、さっぱりと〆られる。
お抹茶って、なんだか不思議な飲み物だ。苦いなあと思いきや、あわあわして、ふんわりと柔らかい口触りで。
お茶碗の模様は、白い梅の花だった。赤い梅の花のねりきりとセットになっていたのだろうか。咲き誇る梅の花の幻を見たような気になる。梅の花の良い香りが、ふわっと漂った気さえした。
「いつも、ありがとうございます。改めて今年もよろしくお願いいたします」
余韻に浸っていると、いつの間にか手嶌さんが傍らに立って、微笑んでいた。
わたしも、笑い返す。
そういえば……。
「初詣、おみくじ大吉だったんです」
「おや、それはめでたい」
今年もたくさんいいことがありますように、と願うのはちょっと傲慢な気がする。
だから……ささやかな幸せをひとつひとつ大切にして行けるようにしたい。
おみくじに書いてあった文面を思い返しながら、ゆったりとした冬の昼下がりを過ごす。
外は天気晴朗、風もなし。ぽかぽかとした、小春日和だった。
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