第44話 赤い一等星、ショートケーキ
「おまたせしました。“
白いショートケーキの上には大きな赤いいちご。生地は雪原のように平らかに広がっている。カットされた断面は地層みたい。雪原の下の小麦色のスポンジに挟まれて、赤いいちごとクリームの層が存在感を出している。
一口、フォークで削って運ぶと、ふんわりした軽やかで滑らかな生クリームの、懐かしくなる味わい。スポンジはしっとりと落ち着いていて、パサつかず、甘すぎず、良いバランスだ。いちごの層は甘酸っぱさを主張してくる。生クリームで甘くなった口の中に変化をもたらす起爆剤。この変化が、少し大きめにカットされたシンプルなショートケーキを飽きさせずに食べさせてくれる。
ショートケーキの上に乗っているいちごは、最後に食べる派だ。
お口直し……というのだろうか。さっぱりと最後を〆たい気持ちなのである。
このいちごは甘ければジューシーで嬉しいし、酸っぱくても爽やかで嬉しい。
……。
クリスマス。
さりとて私にはそこまで関係のある行事ではなかった。
家族はあんまりクリスマスに関心がないし、彼氏もいない。友達はだいたい一緒に過ごす人がいて、わたしはひとりだ。
せいぜい、チキンとケーキを買うくらい。余裕があれば他になにか料理を作って。
そしてなんとなく、街の浮かれた気分のおすそ分けをいただく感じだ。
クリスマスとイブのお菓子屋さんは戦場だと言うけど、まれぼし菓子店もその例に漏れていなかった。
夜だけれど、お客さんで賑わいまくっている。
こんな日に喫茶に来たのがなんだか申し訳ない気がするのだが……。
それでも星原さんはいつもどおりシャキッとしてキレの良い動きだし、手嶌さんは悠然としながらもびっくりするようなスピードでケーキをお客さんに渡している。バックヤードから一度も出てこない……出てこられないであろう木森さんの苦労は……想像にかたくない。
ただ、これで変に気をつかっても、逆に三人に失礼な気がする。だから、いつも通りに過ごさせてもらうことにした。
わたしがそんなクリスマスに頼んだのは、ブラックのコーヒーと、いちごのショートケーキだ。
お店のショーケースにはさまざまなカットケーキ、ホールケーキが並んでいたが、一番に目を引いたのがこれだった。
運んできてくれた手嶌さんの言葉を繰り返して、わたしは言う。
「天辺の星……」
「大きなこのいちご、クリスマスツリーの天辺によくある星の飾りに見えません?」
なるほどと頷けた。確かに、ツリーで一番目立っている存在のあれと類似した存在感を覚える。
「この大きさなら一等星といえるかもしれませんね」
そう言うと手嶌さんはまた戦場へと戻って行った。
一等星。街の中の夜空でも見えるくらい大きな星のことだ。
言ってみれば、赤い一等星……という所だろうか。理科で習った気がする、冬の大三角にもそんなのがあったな……。
スマホで検索してみたら、オリオン座のベテルギウスという星がそれに当たった。
真っ白な雪原を照らす、赤い星。
なかなか、ロマンチックだ。
コーヒーのおかわりとともに、手嶌さんが小さなクッキーの包みを持ってきてくれた。
「ささやかながら、クリスマスプレゼントです。皆から。どうぞ」
「ありがとうございます!」
忙しい中で……なんだか嬉しくなってしまう。
「ショートケーキ、おいしかったです。まるで、お星様が照らす、小さなホワイトクリスマスみたいですね!」
まさに、と彼はうなずく。なかなかロマンチストですね、と言いながら。でもロマンチスト具合では、手嶌さんの方がはるかに上だと思うけどな。
「メリークリスマスです!」
「はい。……メリークリスマス」
今年のクリスマスは、なかなかよくすごせているのではないだろうか?
平日だけれど、これからチキンでも買って帰って、ワインでひとりで乾杯しよう。デザートのケーキは先に食べちゃったけど。
そうしてわたしは席を立つ。
帰路、ホワイトクリスマスではもちろんないけど、空はよく晴れていた。
赤い一等星を頭上に見ながら、地上のイルミネーションを見ながら。
日本風のおまつりのクリスマスを、わたしもなんだかんだ楽しんでいる気がした。
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