第42話 秘密のアフターヌーンティ
「招待状?」
今回のわたしの第一声は、大きな疑問符からだった。
「そうなんです」
と言った手嶌さんから渡されたのは、一通の手紙。上品な白地に型押しされた封筒。中にはシンプルな白に金で罫線の引かれた便箋が入っており、そこにはこう書かれていた。
「可愛いお嬢さんへ。秘密のお茶会にご招待したいと思います。日程は下記の通り。ご都合宜しければ、ぜひとも」
これまたシンプルな内容だった。
最後に署名がしてある……流れるような筆記体だ。しかし、達筆すぎてなんて書いてあるのかわからない!
わたしは早速、手嶌さんに助けを求めることにした。
「手嶌さん、これって誰から……?」
「覚えてらっしゃるでしょうか。夏頃に、あなたがシュークリームを譲った奥様からのものなんです」
夏頃。思い返してみる。
そう言えば、その日ショーケースの最後のふたつだったシュークリームを、すごく上品で素敵なご婦人に譲ったことがあった。
あの人が!
そんなに嬉しく思っていてくれたのだろうか。
それにしても、秘密のお茶会?
続きを尋ねようと口を開きかけたところで、手嶌さんがわかっていたように話を続けてくれる。
「その日は、貸切で臨時休業なんです。奥様がお友達を集めてアフターヌーンティを、というご要望でして。そのアフターヌーンティへの招待状なんですよ」
「えっ、で、でもわたしなんかがお邪魔していいんですかね?」
「内輪の小さな会だから、緊張せずにいらっしゃいと奥様は仰ってましたね。あ、でも、可愛い姿が見たいからほんのちょっぴりお洒落して……と」
奥様、の口調を真似ている手嶌さんの姿が少し面白くて、口元がほころんでくる。何となく緊張が解けてきた。
それなら、予定もないデート用にちょっと奮発した可愛いワンピースで来よう。バッグも靴もわたしが持ってる中ではいいものを……それでいて可愛いものを!
そこでふと思いつく。
「あ、そういえば……わたしアフターヌーンティってはじめてなんですけど……その、マナーとかありますか?」
手嶌さんは少し考えて、
「一応下段……塩味のものから先に食べていく、というものがありますが、……でも、お好きな順で良いと思いますよ。楽しんでいただけるのがいちばんですし、奥様たちもそうされるでしょうから」
そう言われると少し気が楽になった! アフターヌーンティといえば、高級ホテルのラウンジでやってたりするイメージが強くて、ついかしこまった感じを受けていたからだ。
「あとは、スコーンは半分に割って召し上がって下さい。ナイフ入れずに手でどうぞ」
「ふむふむ……なるほど」
そういえばここのスコーンもおいしかったなあ。
知らない人たちも来るのだろうから、もちろん緊張はたくさんするけど、まれぼし菓子店のアフターヌーンティとなると、食欲の収まらないわたしだった。
そして当日――。
貸切、の看板のかかったお店に入ると、中には既に三人のご婦人がいらした。
一人目、見覚えのある“奥様”だ。秋と冬に相応しい暗めの色で整えた服装。こちらを見ると、笑って手を振ってくれた。あわててぺこりと頭をさげる。
もう一人も意外にも見たことがある人だった。薄原さん。栗まんじゅうの時に会ったご婦人で、こちらは和服姿。彼女もわたしに会釈してくれ、わたしはやっぱりあわあわと会釈を返す。
最後の一人は見たことがない人だった。中華風? の意匠のワンピースを着ていて、いわゆる大陸系の美人なのだろう。こちらに手を振るとハローと軽く声をかけてきてくれたので、わたしもぎこちなくハローを返す。
年齢不詳、共通点も不明の集いだけど、わかることがある。
どうも、なんだか、すごそうだってこと。
この輪の中にわたしがいていいのだろうか、はなはだ疑問なんだけど……。
「あらこの子なのね」
「そうなのよ、可愛いでしょう」
「お嬢さん、お久しぶり」
女三人揃えば……というけどなんとも賑やか!
「今回は内輪の小さなお茶会なの。くつろいでいってね」
奥様が、微笑む。相変わらずなんとも優雅だ。
そこへ、あたたかいスープが運ばれてきた。
「外がお寒うございましたので。まずはほうれん草ときのこのクリームスープでございます」
「うん、このお店に来る時を待てましたよ。楽しみにしていたわ」
「
にゃんにゃん、と呼ばれた女性も、にこにことご機嫌そうだ。
ほどなく、アフターヌーンティスタンド(でいいのかな? 例のアレ!)が運ばれてきて、わたしたちの前に置かれると、盛り上がりが最高潮に達する。
みんなそれぞれの言葉で感想を述べる。
「ドリンクはフリーフローですので、お申し付けください」
飲み放題! という言葉になんとなく弱い所に、自分の庶民さ加減をかんじる。
他の人たちは、それぞれダージリン、アッサム、紅茶のまれぼしブレンドなど好きなものを優雅に頼んでいる。わたしも彼女たちに倣って、出来るだけ優雅に手嶌さんに頼む。手嶌さん、笑ってたけど。
アフターヌーンティスタンドの一番下は、きゅうりと卵のサンドイッチ。それにスモークサーモンとアボカドのサンドイッチ。これが美味しくないわけがないだろう。
これは手嶌さんと木森さんが作ったのだろうか。パンはしっとりとして柔らかく美味しくて、きゅうりの歯ごたえがたまらないところに、優しい卵の風味。スモークサーモンは言わずもがな、しっかりとした主張をしてくるけど、アボカドだってそれに負けない強さがある。
二段目は若鶏のスパイシーソース。エビとマッシュルームのキッシュ。カリフラワーのブラマンジェ。
甘いものだけでなくてしょっぱいものも美味しい! セイボリーっていうんだっけ。鶏肉のピリ辛は口の中と食欲を刺激して。キッシュはよく焼けて香ばしいのに、エビもきのこもプリプリしている。ブラマンジェはするっと口の中に滑り込んできて楽しい。
そして一番上はスイーツだ。オペラ。タルトフレーズ。オレンジのムース。マカロン。
別のバスケットにスコーンが2種類入っている。プレーンとベリーのものだ。もちろん、ジャムとクロテッドクリームの用意はばっちりされている。
タルトフレーズから行こう。わたしの大好きな鉄板メニュー、もちろんいうことなし。オペラは、濃厚の一言。しかしくどくないのだ。マカロン、ピスタチオ味とレモンの味。最後にオレンジのムース。口の中がさっぱりする。
これらはみんな少し小さめのサイズになっていて、そしてみんな紅茶とよく合う。まれぼし菓子店のスタッフたち、きっと一生懸命メニューを考えたんだろうなあと思う。この小さな店では、普通に出すのは大変そうな手の混み方だ。
ふと給仕してくれていた手嶌さんと目が合う。
「“秘密の”アフターヌーンティでございます」
さもありなん、というところだ。
この間にも、奥様と薄原さんと、にゃんにゃんさんとの話はとめどなく続く。
明らかにわたしより知識の幅が広く、年も上の彼女達の話題は、尽きることがないし飽きさせるようなこともない。
面白い人たちだ。そしてさんざん可愛いとからかわれて、かわいた喉を紅茶でうるおして。
またおしゃべりして、ずいぶん長い間その時間は続いたのだった。
「あー楽しかた!素敵なゲストが来てくれて満足満足」
とにゃんにゃんさんが言えば、
「うちの若いのが気に入ったのもわかる気がするわね……お嬢さんのことすっかり気に入ってしまったわ」
薄原さんがそう言ってくれ、
「またこの四人でお茶会をしましょうね」
奥様もそう締めくくる。
わたしは平身低頭といった有様だけど……楽しかったのは本当だ。
「大丈夫よ、わかってるわ。全部顔に出てるから」
奥様たちが笑って言ってくれるのだった。
本当にそんなに顔に出てしまうとはやはり恥ずかしい。恥ずかしいけど、嬉しく楽しい気持ちが伝わるのは、そんなに悪いことじゃないなと、今は思う。
彼女たちを見送って、わたしは最後までお店に残っていた。
「さすがに気をつかいました。ひと仕事終わった、という具合です」
やれやれといった風に、手嶌さんが笑った。彼にしては珍しいものの言い方だった。
「手嶌さんでも緊張することがあるんですね」
「そうですね……あの方たちもまた、なんというか、特殊ですから」
その言葉に首を傾げる。わたしの目の前に、落ち葉がひらり、一枚。
「次は春でしょうかね。また“秘密の”アフターヌーンティ、お待ちしてますよ」
クリスマス色をした冬の街並み。
わたしはいつの間にか消えてしまっていた、三人の後ろ姿の遠い幻を見ていた。
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