第41話 なんだか、グリューワイン

 今日はなんだか薄ら寒いような気がして。仕事もなんだか進みがイマイチで。

 退社する頃には外もすっかり真っ暗で、なんだか気持ちまで落ち込んで。

 なんだか、なんだか、なんだかなあ。

 そんな一日を過ごした夕方。


 体を包み込むようなじっとりした疲れを帯びていても、そのまま家路に着く気分には到底なれなかった。


 わたしの足は、北風に追われ、追われまくって、まれぼし菓子店へと急ぐ。

 耳の縁が赤くなって痛くなる前に、なんとかお店の前へと着くことが出来た。

 暖色の明かりの点った店の前。扉には赤や緑の木の実や葉、金色の飾りで彩られた、クリスマスのリースが飾られている。

 窓は、外との温度差で曇りがち。


 わたしはいそいそと扉を開けて、駆け込むようにお店の中へと入った。

「こんばんは、いらっしゃいませ!」

 星原さんの温かくて張りのある声が私を出迎えてくれる。ふわっと、少しの湿度を帯びた暖気が体を包み込んでくれて、心做しか寒気が引いて行く気もする。

 店内にはクリスマスツリーが飾られて、オーソドックスな休憩のオーナメントが飾り付けられている。お店の柔らかな明かりに反射してとても綺麗。

 なんだか、なんだか。

 ちょっと調子が戻ってきた。


「今日はなんだか、顔色あんまり良くないね?」

「あ、そうですか? 寒かったからかなあ……」

「急に冷えたりしましたからねえ。うーん、それじゃあスペシャルなおすすめメニューをお出ししときますかね」

 スペシャルなおすすめメニュー。

 星原さんの言葉をオウム返しにするわたし。

 彼女はわたしの前にお水をおいてくれると、ニカッと笑って、お待ちくださーいと軽やかに良い、お店の奥に引っ込んでいった。


 彼女のおすすめって、いつもわたしの気分をぴったりと当ててくる。

 なんだろう、こんな寒々しくて微妙な一日へのおすすめのメニューって。


 ほどなくして運ばれてきたのは、あまり大きくないカップ。

 そっとシナモンが添えられている。

 透明な耐熱グラス製のカップを見ると、どうやらいくつか果物も入っているようだ。レモン、リンゴ……。

「〝大人の冬休み〟グリューワインです」

「グリューワイン」

「日本ではホットワインっていいますね。グリューワインはドイツやオーストリアでの呼び方です。クリスマスマーケットのイベントなんかでは、結構この呼び方で呼ばれてたりします。フランスではヴァン・ショー。英語ではモルドワイン。アルコール分はあるので、ゆっくりどうぞ」

「へえ……色んな呼び方があるんですねえ!いただきます」

 彼女が別皿で出してくれたクッキーを一枚お腹に収めてから、グリューワインのカップに口をつける。


「あふ……」

 思ったより、熱を帯びている。

 熱い。アルコールもあってか、飲むとカッと喉から胃まで、ついには体まで熱くなっていく。何口か飲むと、ほっぺがぽっぽしている気がしてくる。

 漂うのはふんわりシナモンと、名前の出てこないたくさんのスパイス、それにはちみつの香り。ワインという大人の風味なのに、味自体はしっかりと甘いのが印象深い。

 フルーツも彩りを添えているだけでなく、良い仕事をしている。フレッシュな楽しさと言ったら!


 クッキーをかじりながら、ぽーっとグリューワインに浮いているフルーツを見ていると、なんだかなんだか、良い気分になってくる。

 少し、酔いが回ったのかもしれない。


「お酒、大丈夫でした?」

「うん、そんなに弱くはないんですけど」

「けど?」

「なんかお店と星原さんのあったかさに酔っちゃった……なんて」

 えへへと笑うと星原さんは笑い返してくれた。

「そんなすごい褒め言葉スルッとだしてくれて、こっちが照れちゃいますよ」

 お互い照れてしまって、笑い合うばかりになったしまった。


 気づけば今年の残り、カウントダウンが始まっている。今年は本当に色んなことがあった。 来年もきっと、いや絶対、このお店に通うだろう。

 グリューワインに温められて、なんだかキラキラとしたツリーが、お店が、星原さんが目にまぶしくうつる。


 なんだかなんだかの一日は、なんだかどうして、素敵な締めを迎えた。

 もう少し先にある一年の締めを思いながら、わたしはゆったりと時を過ごす。グリューワインとともに。

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