番外 ひといき、コーヒーブレイク
星原音子の朝は早い。
最近はすっかり夜明けが遅くなった。星原は、まだ外が薄明かりのうちに起き出し、身繕いをして家を出た。
星原は、小さな菓子店を仲間たちと共同経営している。その名前はまれぼし菓子店といって、開いて数年になるが、無事に常連客もついてくれて、ありがたいことになかなか盛況と言っていい状況だ。
店は三人で切り盛りしているので、忙しくはあるのだが、気安い仲間たちだし、暇なよりはやりがいがあって余程よい。
基本的には店は午前十一時からのオープンである。
だから、いくら準備があるからといって、いつもこんなに早く店に出る訳ではない。モーニングのある日などは早くに出ることもあるが、今日は今日でやりたい作業が多くあったのだ。
早朝の風はそろそろ身に染みて冷たくなってきた。
早足で店に向かうと、(いつものことだが)もう明かりがついている。
中に入ると、
「おはようございます」
すぐに声がかかった。柔和な笑顔を浮かべた線の細い青年……彼は手嶌叶芽……てしまかなめと言って、店のメンバーのうちの一人である。
「おはよう、手嶌」
「早いですね。今日は定期清掃の日ではないですのに」
「うん、でも溜まっていた諸々細かいことを片付けちゃおうと思ってね。手嶌は……」
「流石にまだこちらはしばらくかかりそうです」
紺のエプロンを直しながら、彼はそう言う。
手嶌はこの店で、主に和菓子の製作を担当している職人なのだ。
主にというのは、この人は星原にとっても謎が多いほど、やたらと器用だから。ドリンクもつくれば、場合によっては洋菓子まで作ってのける。
まれぼし菓子店は、和洋の菓子を少しずつ取り扱っている。人数が人数なので、大量には作れないし、品物も季節によって変わっていくが、それをかえって好んでくれる客も多い。
「おはよー木森」
「はよっす」
厨房に顔を出して声をかけると、ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
彼は木森希……きもりのぞみ。これまたこのまれぼし菓子店のメンバーだ。彼は、洋菓子の担当をしている。
「今日調子いいみたいね」
「……まあまあ」
無愛想そうに見えて不器用で照れ屋なだけのこの男のことは、もうすっかり詳しくなっている星原である。
二人の様子を確認すると、星原はまず在庫の確認をしっかりし、それから店内の掃除に入る。その後で店の外もチェックし、残った時間を溜まっていた仕事に費やす。
星原は主にドリンクや軽食を作る担当をしているのと、一応この店の主なので、幅のある仕事をすることになっているのだ。
この店を開く前も、学生の頃も、ずっと飲食店で働いてきたので、自分で言うのもなんだがかなり要領の良い方だろう。
オープンの少し前。
この店では決まってすることがある。
「出来たよ、手嶌、木森」
二人を呼ぶ。
カウンターには、カフェオレとハムとレタスとトマトのサンドイッチ。
「ありがとうございます星原さん」
「サンキュ、星原」
これはいつもの光景だ。
余程のことがない限り、軽くでも必ず全員で朝食をとること。
そしてその朝食担当は星原なのだ。勝手にやっていることであるが。
製菓担当の二人はどうしても朝早くなる。その二人のために……と始めたことだったが、習慣として定着したのだ。
軽くトーストしたバゲットとレタスはざくりとした快い歯ごたえをもたらす。
トマトのジューシーさと新鮮さ。ハムは良いものを仕入れているから、塩気もちょうどよくて美味しい。
温かなカフェオレはその温かさを帯びたまま優しく胃の腑に滑り降りて行く。ミルクの風味が豊かな中に、香るのは店自慢のブレンドの味。
「うん、今日もばっちりね」
星原が言えば、
「今日もよろしくお願いします」
手嶌が答え、
「……おう」
と木森が頷く。
このちょっとした儀式を経たあと、オープンの最終段階に入るのである。
諸々を終えて看板を出すと、早速客がやって来る。
「いらっしゃいませ、まれぼし菓子店へようこそ」
季節は何回目かの冬を迎えようとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます